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2021年7月23日金曜日

沼の釣り師、N口さん (2/2)

僕とN口さんは、思わず目を合わせると爆笑した。

両手で、剣道の素振りのように振るフライフィッシングの竿…
それは…確かに…日本では振れる場所がなさそうだ

沼…

僕はさらに尋ねる、日本ではそんなの見たことないと。

そうですねー日本では見かけないですね。
カナダは川がでかいんですよね。半端ない距離を飛ばさないと、魚がいるところまで届かないんです。
それと、日本だと風向きによって、どちら側からキャストするか決められるでしょ?
カナダだと、対岸に渡れるポイントが無いんです。
風向きが悪い時にフライを飛ばせないと、それで終了です。
だから、長くて重量のあるラインを飛ばすために、何もかもがでかくなりますね。

ふと思って僕は尋ねる。

そうやって何を釣るの?レインボーとか?
いやー、基本はサーモンですね、キングサーモン。
とにかく、人がいないところで釣りますから…っていうかそもそもカナダって人がいませんから…魚がスレてないんですよね、入れ食い。

じゃぁ、毎日朝晩サーモンばっかり食べるの?
基本そうですねwww 
泊まりはテントで、食料を全部持っていけるわけでもないので、現地調達で。 
周囲にはクマがたくさん居ますから、残飯残して、匂いがすると危険です。
だから、食べるためにキープするのは、1日1匹だけ。あとは全部リリースです。

そもそも、外れやすいフックにしてるんですよね。
フッキングして小さいと思ったら、わざと外しちゃうんです。
引っ張ってきたら、リリースしてもやっぱり疲れちゃうでしょ、魚も。
うまくいくと、魚も何があったのかわかんない内に外せてますね。

クマ…怖いよね?

ブラックベアはまだいいんですけど、ブラウンのやつ、グリズリーですね、あれ、ヒグマの巨大化した奴ですから洒落にならない。

じゃぁ、クマがいたら逃げる?

いや?

クマ見てて逃げてたら釣りにならないんで、横目で見ながら釣りします。
クマも横目でこっち見ながらサーモン捕まえて貪り食ってます。なんか連帯感みたいな。

そこで僕は道具の話に戻って、飛距離とか、向かい風とか考えたら、ルアーのほうがいいんじゃないの?的に問いかける。N口さんは、ニヤリと笑うと、こう言った。

沼…

I塚さんだって、スノーボードやらないでしょう?
いつも、パウダーならスノーボードのほうが楽しそうっていいながら、スキーしかやらないでしょう?(注1)

それとおんなじなんですよね…

僕の場合は、フライも特殊なんで、売ってないので自分で巻きます。材料も特殊なんで、一個数千円、下手すると万札が飛んでいく値段になります。で、しかも、限られた状況でしか使わないようなヤツだと、巻いたけど、10年間、一回も使ってないやつとかもあります。

沼だね…

沼ですよ…フライは特に深い、深ーい沼です。
これで国内用のタックルとか揃え始めたら破産まっしぐら、です。
正直、ルアーのほうが楽かもとか思いますけど、多分そっちも沼なんですよね。

そう言うと、彼はちょっと腰を伸ばすと、そろそろ仕事に戻りますという目でチラリとこちらを見た。

僕らはオフィスの中にいた。彼は、立ったまま、彼専用のスタンディングディスクで仕事をしている。立ったまま、パソコンのモニターに向かう彼の姿が、チェストウェーダーを履いて沼の中にいるように見えてきた。

彼はそのままズブズブと沈んで行きながら、楽しそうにつぶやく。いやーこれだけ深く沈むと、ウェーダーに浸水しちゃうなー。しかも、こんなんじゃ、竿、振れねーし。

そうこうしているうちに、彼はそのまま沼に沈み込んで行く。水面には彼のフライフィッシングの竿の途中から先だけが出ている。その竿がリズミカルに水面を切り裂き、前後に動きながらラインを伸ばし、魚の元にフライを届ける準備をしている。

僕は首を振ると、そんな白昼夢を振り払うと、自分のデスクに戻って仕事を再開した。

注1 そのころ、僕はスキーヤーで、スノーボードなんて一生やらないだろうと思っていた。今はスキーの道具は処分して、スノーボードに絞ってしまった。この変化に我ながら驚く。

この2編における注: 僕は釣りをやらないのと、N口さんのフライフィッシングがあまりにも規格外なので、正しく理解して書けているか自信がありません。もし、事実と違うまたは、常識では考えにくいような表現がありましたら、それは単に僕の筆力不足によるものです。あ、そもそも、このブログの内容はすべてフィクションでしたねw