そうだわ!あなた、ウチの孫娘のムコに来なさい!
思わず変な声が出た。このご婦人が僕のことを気に入ってくれたことは、なんとなく感じてた。けど、あまりにも予想外の言葉だったから。はへっ?
僕は大学を出て東京で就職して、三年間働いて地元に戻った。そして、小売店の現場で働いていた。一所懸命に働いて、その時は、古くて小さくてちょっとみすぼらしいお店の店長を任されていた。
当時の僕…@榛名山ガラメキ温泉 |
庶民的な商品を庶民的な値段で、庶民の社員が販売するという、隅から隅まで徹頭徹尾庶民の店なので、お客様は本当にいろいろな人がいらした。
このご婦人は、どことなく品があって、背筋がシュッと伸びて、身なりもきちんとしているのだけれど、割と変わっているお客様だった。最初の印象は「ちょっと困ったお客様」。
お客様が手に持ってらしたのは、カーテンだった。結局、すぐに必要だってことだったので、合いそうなサイズをいくつかお買い上げいただいた。そして、2週間以内に、合わなかったヤツを持参いただいて、返金対応ということでご納得いただいたのだ。あなた、これ、ウチの居間に合うかしらね?合うわよね?
えっとですね、サイズはおわかりでしょうか?
8畳間だったはずよ?合うわよね?
いや、すみません、それではなんとも言えません…恐縮ですが、一度サイズを測って来ていただけますか?
そんなこともパッとわからないの?プロなのに、仕方ないわねぇ。最近の人は本当にプロとしての自覚がないから困るわね。
娘と孫に怒られちゃったわ〜 サイズ測らずにカーテン買いに行ってって。あなたにも随分失礼なこと言っちゃったわね、ごめんなさい。いえいえ、いいんです。そうしょっちゅう買い換える物でも無いですから、サイズ測って行くって忘れがちですよね。ほんとうにごめんなさいね、ウチの居間に合うかしら?とか、恥ずかしいわ。いやー、正直、お客様のお宅にお邪魔したことありましたっけ?って笑いそうになりましたヨ。
そこで冒頭のセリフが飛び出したのだ。
そうだわ!あなた、ウチの孫娘のムコに来なさい!
はへっ?
あなたの事話したら、娘も孫娘も、あなたのこと「優しくて素敵」って言ってたわよ!
…いやいや、あのですね、お孫さんにも好みがあるでしょうし。
いいのよ、孫はね、「おばあちゃんの人を見る目って信用できるから、私の旦那さんは選んでもらおうかしら」って言ってるの、いつも。
嫌なの?ウチの孫娘、すごく可愛いし、スタイルもいいし、気立てが良くて家事も得意だし!料理もとっても上手なのよ、あなたケーキとか食べる?あの子のケーキは本当にセンスがいいの。
この間は学校でお裁縫の授業があってね、それも上手だったのよ。
お裁縫の授業… 和裁か洋裁の学校に通ってるんですか?
バカねー何言ってるの?家庭科よ。
家庭科??
ええ、孫は〇〇中の二年生なの!言わなかったかしら?
お客様…僕、もうすぐ30歳なんですが…バカねー、女は長生きするから、それくらい離れてれば、ちょうどいい感じで同じくらいに逝けるのよ(注1)。まぁ、いいわ、今度孫娘ここに連れてくるから。あなた…彼女とかいないんでしょ? ←失礼w
で、このご婦人は、その後も定期的に来店されて、普通にニコニコお買い物を楽しんでいらした。お孫さんの話はそれ以降、まったくしなかったので、多分、娘さんとお孫さんにはまた怒られたんじゃ無いかな。
そうこうしているウチに僕は異動になり、このご婦人のこともすっかり忘れていた。
あれから25年ちょい経ち、あのご婦人と娘さんはお元気なんだろうか、お孫さんは幸せに過ごしてらっしゃるのだろうか。そして、旦那さんの話題がまったく出て来なかったのは何故なんだろう。そんな風に、ふと、お店で過ごした時のことを懐かしく思い出している。
注1 こうやって書き起こしたものを改めて読んでみると、なんか変だなってところがある。女性のほうが長生きなんだったら、同じタイミングで逝くなら、かなりの姉さん女房が正解ってことになる、よね。たぶん、この方がいいたかったのは、「女は精神年齢が上なんだから、それぐらいの歳の差でちょうどいいのよ」ということなのかもしれない。
ほんとはどうだったのか、できれば聞きたいな。そして、なんで「ムコ」にこだわってるのかってことも…