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2023年11月17日金曜日

学生寮の話(古川先輩ィお電話です!・2/2)

エンドウ君が仁王立ちになって、気が◯れたのかと思うような呼び出しをする。

きたりょぉぉおおおおおーーーーーー!!!!!
ふぅるかわっ先輩ぃぃぃ!!! ハアハアハア
お電話でぇぇっすううぅうぅーーーーー!!!!! 

エンドウ君というか、学生寮の名誉のために言っておくとさぁ、仕方ないんですよね。

各寮鉄筋コンクリートの4階建で高さがある。横幅も、そうだなぁ、50mプールより長いので75m位?奥行きもね、建物の中心に廊下が走ってて、両側に居室が並んでいる刑務所みたい団地みたいな建物なんですよね。建物の北側にある中庭から、4階端の、中庭の反対側である南側居室まで声を届かせようとしたら…本気で腹から叫ばないと、ダメなのよ。

で、この呼び出しは、2回繰り返す。

え?なんで2回かって?

一回では聞き取れないことがあるでしょう?音楽聞いてるとか、話してるとかね。

1回目は、最悪、「北寮の呼び出しだ」ってことを伝えればいい。注意喚起ですね。
2回目で、「誰を呼んでるのか」ってことを「正確に」伝える、そんな感じ。

名前の最初の「フル」が聞き取れず、後半の「カワ」だけしか聞こえないと…
ヨシカワ・アラカワ・キッカワとか、わからないでしょう?

フルカワならまだいい…「〇〇トウ」とかだとさらに紛らわしい。
イトウ・ゴトウ・エンドウ・サイトウ・エトウ・カトウ…
誰を呼び出してるのかわからなくなる。

ガラガラって窓があいて、誰か叫ぶ。

だれぇぇ?だれを呼んでるのぉを??

面倒臭いよね?だから2回呼び出しをする。

古川くんが誰かの部屋にいてダベっているとしよう。

きたりょぉぉおおおーー!!

ここで北寮のみんなは、会話を止めて聞き耳を立てる。ラジオ(テレビは禁止されていた)付けてる場合はボリュームを下げる。

ふぅるかわっ先輩ぃぃ!! ハアハアハア
おぉう、俺だ俺だ!

古川くんは窓をガラガラって開けて、中庭に向けて叫ぶ。

お電話でぇっすううぅぅーー!! 
はぁあぁあーーーいいい!!

古川くんの絶叫系の返事が聞こえたら、エンドウ君は呼吸を整えて受話器を取り、先方様にお伝えする。

古川、おりましたので、呼び出しました。ハァハァハァ 
恐れ入りますが、もう少々お待ちくださいませ、オス

受話器を取って、カウンターの上に置きっぱなしにしただけで呼び出ししているわけだ。

別に通話口を塞いでるわけでもないから、先様には「何が起きているかは定かではないが、そこらじゅうで誰かが絶叫している」ところ…

電話を受けてくれた奴は、なぜか「ハアハア」いってる…なんで?

かなりヤバいところに電話してしまった、ということは…伝わってしまう。

この呼び出しの破壊力…わかっていただけただろうか?
帝国海軍の旗艦である戦艦長門の41サンチ主砲なみの破壊力なわけだ、一発でも。

あっ、すみません、すみません、ほんとすみません、 
なぜ…私…あやまってるのかわかりませんが、とにかくすみません…

電話をかけただけの相手に、心底申し訳ない気持ちにさせてしまう、恐るべし和敬塾。

でねぇ、これも繰り返し言ってるけど、北寮だけで100人いるんですよね…
今は、鍵置き場になっちゃってる、在寮生ボードがこれ。
この釘一本一本ぎっしり名札が下がってた…

全員がリア充なわけないし、交友関係少なくて電話ほとんどかかってこない奴もいた。でも…そうだなぁ、一人の寮生に1日3本くらい電話がかかってくるとして、300本の入電があるわけですよ。

ソレが、午後…5時位から、門限の夜10時まで、5時間弱に集中する。
1時間に60本、1分に1本かかってくる計算、単純にね。

不在の場合が4割あるとして、残り6割、1時間に30~40回ですよ。
2分に1回、この呼び出しが中庭に響き渡るというわけです、平常時で…

戦艦長門の41サンチ主砲の乱れ撃ち…

本当に重なる時って、黒電話が全て入電で埋まり、呼び出しする寮生が4人か5人、かわるがわる中庭に出て叫んでいる。

で、ふと気がつくのだ。

自己紹介で大声出すのに慣れるってのは、このためだったんだなぁ
部屋周りで顔と名前を一致させるってのも、このためだったんだなぁ

極々一部の例外を除いて、電話応対にはみんな協力的だった。

黒電話が鳴り続けると、一度玄関で電話取ったら、下手したらそこからもう動けなくなる。要件のメモを取って在寮生ボードにぶっさす。受話器を置いた瞬間、その電話機が鳴る。在寮確認を取って中庭に出て、2回呼び出しをする。

そんな状況になると、もうそこから離れられなくなるのだが…そこは流石の連帯感。通りがかった奴が、状況に気が付く。

おう、次の電話からオレ代わるわ

と声をかけてくれるのだ、神?
これは先輩、後輩、同期関係なかった。
あぁ、本当に、いい奴らだなぁ、僕はそんな風に思ってた、一体感。

極一部…電話でみんなドタバタしてるのに…
玄関を避けて裏の窓から出入りしたり、みんなの脇をサササササーーーーって素早く通りすぎたり、電話応対を逃げるような奴も居るにはいた。

そんな奴らへの着信メモは、なぜかブッ刺し方が甘くて風で飛びやすかったり、字が異常に乱れてて読めないという噂もあった…

まぁそれは噂だし、そもそも、もう古い話なので。その噂が本当かどうか、確かめる術もない。

2023年11月15日水曜日

学生寮の話(古川先輩ィお電話でぇえっす! 1/2)

 学生寮のテレコミュニケーションの話に戻そう。


前回の投稿でこう書いた

学生寮だって、とても人数分の回線なんか引けないから、基本的には「下宿住まいの金盛君」と「電話持ってる大家さんの呼び出し」を、大規模に、大々的に拡大して発展させたもの…になるわけだ…コワイヨー

そう…違いは、学生寮の場合は、「大規模に、大々的に拡大して発展させたもの」なだけなのだ。

正面玄関入って左に、事務机を三本横に並べたくらいのカウンターがある。端の「ピンク電話」は発信専用機。その隣に4台だったから5台だったか、受信専用の黒電話がある。
受信専用機(ダイヤルが無い)
画像は:  https://aucfree.com/ 様よりお借りしました

着信があると、こいつが「ジリーリーーリリーン。。。ジリーリーーリリーン」と鳴る。
近くに居る奴がすぐに受話器を取り、応対する。

はい!!!!
和敬塾北寮です!!!オス
えんどう(仮名)が承ります!

最下級生が取るとか、何コール以内に取るとか、どうでもいい封建的なルールは特に決まっていなかった。

いきなりデカい声で応答があるので、大体の相手はビビる…

えっと、そのぉ、フルカワさん、フルカワジロウさんいらっしゃいますか?

フルカワですね!かしこまりました!!
確認いたしますので、少々お待ちください!!!!

そして、「在寮生ボードを確認」する。
在寮生ボード(鍵置きになっちゃった)
この写真は、人が住んでいない、廃墟と化した北寮に忍び込んで、某古川様が撮影してくれた直近の在寮生ボードだ。

ここには寮生の名札が下がっていた。表裏に氏名が書いてあり、表は黒字でそれが「在寮」を意味している。裏の氏名は赤字で、それは「不在」を表している。寮生は、外出するとき名札を裏返し、帰寮すると名札を表にする。

フルカワジロウさんの名札が赤なら外出中。ご要件を聞き、縦横5cm位のメモ用紙に書き取り、古川さんの名札がぶら下がっている釘の頭にブッ刺して止めておく。

名札が黒なら在寮中なので、部屋番号を確認して壁に埋め込まれた「呼び出しボード」のボタンを押す。

呼び出しボードとは、壁に半分埋め込まれた配電盤ボックスみたいなものだ。表面には、タイル状に部屋番号と、指先くらいの大きさの、赤くて丸いボタンが付いている。

ボタンを押すと、その番号の部屋に設置されたブザーが「ジィイイィィィー」と鳴って、呼び出しができる…

でもねぇ、「学生寮の話シリーズ」で散々書いた通り、みんな自分の部屋におらんのよ。友達の部屋にタムロして酒かっくらってんだからサ。ブザー鳴らしたって来ないのよ、誰も。

それに最初っから門限守る気無いヨアソビ上手な奴とか、オネェちゃんとどっかにしけ込むつもりの奴とかさぁ、いつもいっっっっっっつも、名札は表。ひっくり返されたことなんてみたことない。

で、一応ブザーを2、3回、グリグリって押して(接触悪くて実は鳴ってないって噂の部屋もあった)…エンドウくんは正面玄関を出る。

玄関を出ると南寮との間に中庭がある。そこでエンドウ君は仁王立ちになって、呼び出しをする。

きたりょぉぉおおおおおーーーーーー!!!!!
ふぅるかわっ先輩ぃぃぃ!!! ハアハアハア
お電話でぇぇっすううぅうぅーーーーー!!!!! 

これねぇ…
知らない人が見たら、気が◯れたのかと思うよね。

つづく

2023年11月14日火曜日

学生寮の…話?(コミュニケーションテクノロジー in 昭和)

令和の今、平成はすでに遠く、昭和ははるか昔になった。

今は当たり前のものが、昭和には無かった。携帯電話もパソコンもLED照明も無い。LEDがなかったから、テレビといえば巨大なブラウン管式だった。「壁掛けテレビ」は夢の技術、そんな時代。

そんな昭和が終わろうという時に、僕は学生寮に入った。

今も昔も学生、というか若者にとって大事なのは、友人とのツナガリ。

携帯電話もメールもSNSもなかった昭和時代は、人とツナガル、繫がり続けるのは割と大変なことだった。

そんな時代に若者だった僕らは、どのようなテレコミュニーケーション・システムを使っていたのか、そんな話をしてみよう。

学生寮のアウトバウンド・コミュニケーションはシンプルだ。各棟正面玄関入って左に、事務机を三本横に並べたくらいのカウンターがあって、その端に「ピンク電話」がある。

ピンク電話?エッチな話が聞ける電話?
そーゆー電話サービスもあったけれど、それはもう少し後の時代のこと。

正式名称は、「特殊簡易公衆電話」 ←ウィキペディアに飛びます
要するに、10円硬貨しか使えない、コイン式の簡易公衆電話のこと。
ピンク電話(Wikipediaより)
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=14702776


当時市内通話は3分10円だったからまだいいのだが、遠方になると大変だった。30秒とか15秒で10円玉が飲み込まれていくので、実家が遠い学生とか、遠距離恋愛している不届なヤツとかは電話機の横に10円玉を積み上げてからダイヤルを回す。

ピンク電話は各寮1台しかなかったけど、街角の公衆電話はいまよりもっとたくさんあった。その一部には、100円硬貨もテレホンカードも使える電話機があったから、「よし、今日は電話するぞ」と思えば街角の公衆電話ボックスに行けば済んだ。

インバウンド(外部から寮)の電話が…大問題だった。

当時、電話回線を引くには、1回線7~8万円の「権利金」を日本電信電話公社(現NTTの前身ね)に払わなければならなかったのだ…

今、ウソー ってつぶやいたそこの若者、マジだから…

個人でこの額払うのは大変だ。だから実家には電話があるけれど、下宿先には無いのが当たり前。下宿している学生は、大家さんの電話を借りるのが普通だった。

僕の親友、貧乏学生仲間の金盛君(仮名)の下宿を例に説明する。

広さは4畳半、ステンレスの流し台とその脇には1口ガスコンロ。風呂はないけど、和式のトイレが付いているのがイカしてる…当然…電話はない。

電話連絡ができないのは不便なので、彼は大家さんの電話番号を自分の番号として借りる。外から金盛君に電話すると、大家さんが電話をとってくれる。

はい、高橋ですぅ!

この時、金盛君に電話したのに高橋って出ると、あれっ?間違えたか?って混乱しちゃうよね。だから、金盛君の電話番号は、03-343-xxxx (高橋様方)みたいに、大家さんの名前が一緒に書いてあるのだ。

大家さんは電話を取ると、保留(手巻きオルゴールで音楽が流れる、専用の受話器置き台とかがあった)にして、窓を開け、隣にある下宿棟に向かって呼ばわる。

「金盛さぁーん、お電話よぉ〜」

金盛君は「はーい!」と返事して(返事しないと大家さんは「留守です」と言って切ってしまう)、部屋を飛びだす。

そんでもって、大家さんちの玄関脇に置いてある電話で話をするというわけだ。

間にワンクッション、大家さんという「呼び出しシステム」が入るので、夜は21時から朝7時くらいまでは電話できなくなる。

いや、できる、できるのだが、大家さんの玄関先で電話を取るのだから、襖の向こうには大家さんがいる。夜22時近くに受けた電話が、しょーもない馬鹿話とか、コンパの場所の相談だったら…ねえ…?

ちょっと金盛さん、夜に電話させるのやめてちょうだいよ!!!
寝ないと次の日のお肌に響いちゃうんだからサ!!

そんなふうに冗談めかしつつ、目が真剣に…コロス!今コロしてやる!という大家さん怖い。

電話番号の後ろに (XXX様方)と書いてあれば、お互いに気遣って夜や朝の電話は避けるのが当時のマナーだったのだ。

なんの話だったっけ?

あぁそうだ、学生寮の話だったw

学生寮だって、とても人数分の回線なんか引けないから、基本的には「下宿住まいの金盛君」と「電話持ってる大家さんの呼び出し」を、大規模に、大々的に拡大して発展させたもの…になるわけだ…コワイヨー

つづく

2023年11月7日火曜日

学生寮の話(新歓サバイバル・入塾のご挨拶に参りました)

前回説明したとおり、僕は大声出すことに抵抗はなかったので、自己紹介はすんなりマスターした。

自己紹介が「正しく」できるようになったら、部屋回りの練習が始まる。

部屋回りとは…所属する寮の先輩にご挨拶してまわることだ。
学生寮なのに立派な講堂があった

目当ての先輩の部屋に行き、ドアを「3回」ノックして、こう言う。

失礼しまぁす!
入塾のご挨拶にぃ参りましたぁ!

先輩が答える

オウ、入れぇ

素早くドアを開けて入室し、半歩横に避けてドアを閉め、気をつけの姿勢になる。

腰から90度のお辞儀をする。
体を起こしながら腹式呼吸で息を吸う。
直立したところで先輩の目を見ながら「自己紹介」をする。

じこしょーかいさせていただきます!!! 
しめい!!  古川太郎ぅ!!
学籍ッ!!  早稲田大学ぅ文学部ぅ!!
しゅっしんちーー!!  奈良県!!!
しゅっしんこー!!! 
ハアハアハア
 
私立おーみ兄弟社こーとーがっこうですぅ!!!
どうぞよろしくぅ!!! おねがいいたします!!!!

再び腰から90度のお辞儀をし、哀愁を漂わせつつ再び気をつけに、戻る。
写真は本文と関係なさそうなありそうな…

そう、「部屋回り」とはご挨拶回り…

全ての先輩の部屋を回って自己紹介をする

というイベントなのだ。アヒャヒャヒャヒャヒャ

当時寮生は総勢300人弱。こいつら1箇所にまとめると危険すぎるので、北・南・西寮の3棟に分かれて住んでいた。

各寮100人、1年生は25人くらい…70人以上の先輩の居室を…ひとつひとつ回りつつ…自己紹介を繰り返すのだ。

この…部屋回りのプロシージャーとコンセプトを理解したところで、2割くらいの新入塾生の目から…本格的に光が消える…

先輩…これ、何のためにやってるんですか?
そうだなぁ…顔と名前が一致したほうがいいだろう?お互いに
それにしたって、他にやり方ありますよね?時間もかかるし…

そうなのだ、3月中旬から末にかけて入寮し、4月に大学の入学式がある。履修科目の申請とか教科書の手配とか、サークル選びとか…ドタバタしている中で部屋周りをしなければならない。

しかも、寮の新歓コンパが確か…5月頭にあった。部屋周りはそれまでに終わらせる。まれに…終わらない奴が出て…当日は地獄を見るらしい。

先輩…なんでこんな理不尽なことやらされるんですか?
そうだなぁ…社会に出ると、いろいろと理不尽なことがあるだろう?
その時になぁ、「アレに比べたら大したことないな」
そう思える奴が強いんだよ。

先輩…
ん?

先輩…まだ学生だし…社会に出たこと…ないですよね…

いやー、そこ、気がついちゃった? ← 適当かよ
ア、それと、新歓コンパでは、皆さんの
「一芸披露」があるのでよろしくね❤️

その夜、寮のピンク電話から、人目を忍びつつ電話をする新入生の姿がある。

電話の横に積み上げられた10円玉の山が高い。電話料金の高い、遠いところに電話しているのだろう、実家か??

その翌週くらいに、ふと在寮生ボード見ると、あったはずの名札が何枚か消えて空室が増えている。

そんなこんながありながら、鈍感な忍耐強い僕らは残り、部屋周りをコツコツと進めていく。なんというか、個別にあんなことあった、こんなことあったとか書き出すとやばい話ばかりキリがないので省略するが…

確かに理不尽なことを言う上級生もいた。でも、ふと「ん?この人たちもしかして、ワルモノ芝居してる?」と感じることも多々あったのだ。

ある先輩は、なにげなく「今どれくらい回ったの〜?リスト見せて」とおっしゃった。
僕がリストを取り出すと、先輩は眉間に皺を寄せて、静かにこう言った。

回った人の名前をそうやって横棒で消すんだね。
ボクの部屋を出た後、君はボクの名前もこうやって横棒で消すの?

僕は…返答に困ってしまった。
先輩はメガネの奥から僕のほうを静かにまっすぐ見つめていた。

申し訳ありませんでした!
考えが足りませんでした!
すぐに改めます!

最敬礼する僕に、先輩は「間違いをすぐに認めて謝るのは良い事だ」「自分もこの寮で、先輩からそのように教えてもらった」「あなたも同じように後輩に教えてあげてください」そう、訥々と話してくれたのは覚えている。

本当に底意地が悪かったら、こうはならないよなぁ
もしかして…意地悪な先輩を演じているんじゃないか?

僕は社会に出て、とある求人広告誌の会社に入った。

そこで営業マンとしてクライアント先を訪問していた時、同じようなことが起こった。

僕は…この先輩から、というか代々引き継がれてきたノウハウに、心の底から感謝したことがなんどもあったのだ。

先輩たちがワルモノを演じているのではないか?答えは、新歓コンパの後に出た。新歓コンパの話もやばすぎるので多分書かない(書けない)。

僕の感覚は正しく、コンパの後は、上下の礼儀はそれなりにあるものの、自由で楽しい寮生活が再スタートした。

鬼のような先輩は、普通に気の良い、面倒見の良い人達に変身…と言うか本来の姿に戻った。

結局のところ、新歓コンパまでの期間は、異物となりそうな人物の振り落とし期間であったのだろうなぁ。この学生寮の歴史と伝統を、うまい具合に利用してやろう、そうした人を見つけて自主的に退寮に導く期間、かっこよく言うとセレクション?w

実際、ここで四年間の懲役を…間違えた、四年間過ごしたと言うだけで、様々な恩恵はある。そんなに簡単に信じちゃうの?初対面なのに?的な。

それが通じるのは、お互いに、あの新歓サバイバルを切り抜けてきた同志、という基本があるからなんだろうね。

僕はそう理解している。

2023年11月5日日曜日

学生寮の話(新歓サバイバル・自己紹介…させていただきます)

忘れている人もいるかと思うので、念のためにもう一度書くけれど…
このブログはフィクションです、ソコントコヨロシクゥウ

昭和の男子学生寮と聞いただけで、ものすごい封建的で、上下関係に厳しいイメージがあると思う。僕が4年間を過ごした学生寮もそうだった、新歓コンパまでは。

入寮(僕らは「入塾」と呼んでいた)のプロセスはこうなる。

入塾面接(不合格だと入れない)

引越し 

新入塾生オリエンテーション
部屋回り
新歓コンパ
…以下略

とりあえずオリエンテーションの話をしよう。
写真と本文は関係ありそうな無さそうな…

新入塾生を集めて、2年生が学生寮の「しきたり」について説明をする。もっとも基本かつ重要なのが「自己紹介」のやり方だ。まずは2年生の先輩が、お手本を見せてくれる。

じこしょーかいさせていただきます!!!
しめい!!  和敬太郎ぅ!!
学籍ッ!!  馬鹿田大学ぅ商学部ッ!!
しゅっしんちーー!!  群馬県渋川市ぃ!!!
しゅっしんこー!!!

 

            ハアハアハア

 

群馬県立ぅしぶかーわこーとーがっこうですぅ!!!

まるで…この先輩は気が(ピーーー)ってしまったのか?
何か変なものが憑依したのか?
おかしなものを拾って食べたのか??

呆気にとられていると、
息継ぎの後に最後のフレーズを吐き出しながら、腰を90度まげてお辞儀をする。

どうぞよろしくぅ!!! おながいいたします!!!!

この…「お手本」を見せられた段階で…新入塾生の半数くらいの表情は曇り、3割くらいは「ムリ」という死んだ目になる。

残りはというと…

まぁ、あるよねーこーゆーの

と、冷静に受け入れる。

ちょっと話はズレるが、僕は高校で空手部だった。空手部ってものすごい上下関係とか厳しくて(ピーーー)なところがあるって思うでしょう?確かにそーゆー噂のある学校もあった。

でも、僕が通っていた高校はリベラル(「日本的リベラル」ではなくて、真の意味でのリベラルね)な雰囲気だったのだ。そこでは武道系の部活でも上下関係は緩やかで、いじめとかしごきとかも無かった。

ただ、武道なので「気合」の練習はする。
新入部員は声が出ない。

ター
トォー
セィィィ

顧問の先生(殺人術のプロであり、自衛隊で格闘戦教官を勤めたことがある空手八段)は苦笑しながら浅い中段突きをミゾオチに入れてくる。腰が入っているから力が入ってなくても痛い

ほらぁ、腹をギュッと締めて、ヘソの下から気合出すんだよ、わかるだろ?

まがりなりにも進学校とされている高校の、理系科目の先生らしく、わかりやすく理論的なご指導、誠にありがとうございます、押忍

そうやって日々練習していると、だんだんと気合の入った声が出るようになる。

サァアッツ!
タァァッ!
ダァァアッ!!

 

チェェストォオー!! ← これはなぜかダメ出しされた 

 

アチヨ!アチヨオオー!! ← これもやはりダメ出しされた

馬鹿らしいと思うかもしれないが、空手の型演舞では「気合」(声出しね)が採点基準になる。

組手だって、「審判がついつい一本取ってしまうくらいの裂帛の気合」で、実際は極まってなくても、気合いだけで勝ち残るやつもいるくらいだから練習は必須なのだ。

気合いが重要なのは剣道もそうだ。

竹刀がカスリ気味に入っても、気合次第で一本もらえることもある 
(剣道部談)

柔道部はちょっと違って、「お前らなんで気合かけないの?」って聞いたら、

うっかり舌噛んじゃったら死んじゃうから

…それは…そうだよね…口開けられないよねって納得した。

柔道やってる奴って絞め技で落とされて、脳細胞やられてる感じなのに、論理的でちょっと意外だった。

弓道部は…まぁいいや…

一射毎に「セィイイィイィィーー!」とか気合入れてたら、周囲から一斉射されそうだもんね。

キングダムの弓隊に狙われた歩兵かよ…

話を戻して…

元塾生という人に「自己紹介やって見せてください」とか、冗談でも言わないように。

奴ら、やるから、マジで
そこがザギンだろうが、ギロッポンだろうが
チャンネェのいるクラブだろうが、高級ホテルのラウンジだろうがやるから奴ら

「自己紹介」というワンフレーズを聞いた瞬間に、肺が空気を取り込み始め、横隔膜はアップを始める、それくらいにココでは「自己紹介」を叩き込まれるのであった。

就職活動の面接で「自己紹介」を披露して内定もらったとか、
それを真似して役員面接でフルパワー自己紹介やって落とされたりとか、

人生を左右するくらいインパクトのある自己紹介、それが和敬塾流の自己紹介。

2023年10月20日金曜日

学生寮の話(フェニックス矢島・2/2)

3階の窓から飛び降りたのだ、無事である筈がない。

とにかく命だけは助かりますようように、その一心で階段を駆け下りた。

寮の正面入り口は夜間施錠されているので、裏側の窓から外に出て回り込む。

植え込みに、矢島さんが倒れて…いない…

いない?

植え込みが押しつぶされていた。
見上げると、へし折れた木の枝がぶら下がっている。そして、本人がいない。

矢島さんの同級生の先輩が、周囲の植え込みをかき分けながら何度も何度も叫ぶ。

矢島ーーー!
どこ行ったーーー!
大丈夫かーーー??

中庭を隔てて向かい合う南寮の窓がいくつかガラガラと開き、怒鳴る声が聞こえる。

やかましわ!!
もう夜ぅねんで、早よ寝い!!

先輩が、これこれこうで、と説明すると、

ホンマか?
早よ探して救急車呼びぃ…飲み過ぎやでホンマ…

と心配そうな声が返ってくる。

南寮は、僕ら北寮と血で血を洗う抗争を何度も起こしているのだが、基本的には気のいい奴らなのだ。

中庭だけでなく、グランドまで探したけれど、矢島さんはいない。
とりあえず落ち着こうと3階の部屋に戻った。

神隠しか?誘拐か?失踪か?
とりあえず救急呼んどいたほうがいいか? 
いや…でも…本人いないし?
それとも警察か?

誰かが心配そうに言う。

西寮で先々週…2回救急呼んでましたよね?
先週は本館前に…パトカー停まっとったなぁ、しかも2台も…
消防も警察も…あんまり呼ぶと…怒られますよね…

そーゆー問題じゃぁないだろう!!
警察に連絡する前に、一応、矢島さんの部屋を見てみようということになった。

上級生の部屋(机・ベッド・作り付け本棚・ロッカーがある)

矢島さんは…ベッドで寝ていた…スヤスヤと…寝息を立てて…
枕元には、ナンバースリーじゃないコンビニの袋に入ったビールがあった。

おい!矢島!大丈夫か?!

先輩は安堵のあまり半泣きで、矢島さんを揺すり起こす。
矢島さんはキョトンとした顔で起き、こう言った。

なんだよ、みんなひどいなぁ、せっかく買い出し行ったのに、帰ってきたら誰もいないんだもんな。

話をまとめるとこうなる。

矢島さん、自分の部屋(1階)で飲んでいると思い込む
3階から飛翔する
植え込みに着地する
サンダルがなぜか見当たらない、裸足で買い出しに行く
ナンバースリーが閉まっていた
遅くまでやっているちょっと遠いコンビニに行く、裸足で
帰ってきて自分の部屋(1階)に窓から入る、誰もいない
えぇぇ、せっかく買ってきたのに、お開きかよとスネる
ふて寝する ← イマココ

でまぁ、矢島さんの怪我は、ほっぺたと肘膝の擦り傷と、軽い突き指で済んだ。

それはそれでめでたいのだが…

3階の窓から飛び降りて(ほぼ)無傷で立ち上がる…ターミネーターかよ
全身の擦り傷から血を滲ませながら…ニコニコペタシ歩く。
木の枝や葉っぱまみれのTシャツでニコニコ歩く。 
機動隊員が日夜守る元総理の家の前を…ペタシニコニコ歩いて通り過ぎる
コンビニ袋をぶら下げて帰って来て…元総理の家の前を通って帰る

どう見ても不審者なのに、機動隊大丈夫か?

そんな矢島さんには、いつしか不死鳥(空を翔んでるし)の矢島、フェニックスの矢島という二つ名がつくようになった。

おしまい

2023年10月17日火曜日

学生寮の話(フェニックス矢島・1/2)

伝説になっていた矢島先輩(仮名)の話。

寮では空き部屋が出ると、希望を取って抽選が行われる。2階と3階は人気があって、競争が激しい、そんな状況で、矢島さんは自ら望んでずっと1階に住んでいた。

俺は…別にこだわらないからいいや…

そうニコニコしながら言い、1階に住み続けていた。

そんなふうに、屈託がなかったし、相手によって態度を変えず、いつもニコニコしている矢島さんは人望があった。
今は3階建の北寮と中庭
*この投稿の写真2枚は最近撮影されたもので。僕がいた寮、現在は4階部分が取り壊されて、人は住んでいないということです

夏と冬を除いて、矢島さんの部屋には誰かしら来て酒を飲んでいた。

酒が切れかけると、矢島さんはおもむろに立ち上がって窓を開け、中庭に降りる。中庭は庭石やら植木やらが散在し、池もあり、虫も多い。筋金入りの1階住人、矢島さんは気にせずに中庭に出る。草むらに隠し置いた便所サンダルを、つま先でヒョイとつっかけて酒を買いに行くのだ。

矢島さんが1階を好んだ理由は、門限(一応あった)が過ぎても、窓から自由に出入りできるからなのだ。
中庭の池

寮の正門を出て右に30歩行くと、Number3(ナンバースリー)というコンビニがあった。24時間営業ではなかったが、セブンイレブンだって名前の由来どおり、朝7時から夜11時までの営業が中心だったし、そもそもコンビニ自体が少なかったのでみんな便利に使っていた。

矢島さんはビールとか、安いウイスキーを買って来てくれる。みんな口々にお礼を言い、一応お金を出そうとするのだが、矢島さんは受け取らない。

イイヨイイヨー 
今日はイイヨー

「今日はいいよ」といいながら、いつも矢島さんと、他の先輩が酒代を払ってくれる。矢島さんのことを嫌いな人なんて、いるわけが無いのだ。

ある日の夜、矢島さんを交えて3階の部屋で飲み会が始まった。いつもいつも矢島さんの部屋だと申し訳ないから、そんな理由だった。

車座の真ん中にちゃぶ台があって、空きビンや空き缶がだいぶ増えてきたなぁ、そんなタイミングだった。

矢島さんは立ち上がると窓際に行き、ガラリと窓を開けて虚空へと飛び出した。

その場にいた面々は、一瞬何が起こったかわからず呆然とした。

シューー
バキバキボキ
ボスンッ!

何かが地面に叩きつけられた音を聞き、みんなは現実に戻った。

えっ?矢島?
馬鹿やらろう!!何やってんだあいつ!
矢島sなん、ここ自分のへやだと勘ちぎがいして!
となかく!下だ、した、 
あいつ、死ぬなよ!死ぬなよやじあぁま!

みんなは叫びながら、階段を転がり落ちるように走った。
矢島さんを失う恐怖で、一気に酔いは冷めていた。

背筋を冷たい汗が、スーーーっと降りていった。

つづく

2023年10月4日水曜日

学生寮の話(四季を感じて・冬)

 「学生寮の話(世間との闘い)」でちらっと書いたのだけれど、寮にはほんのわずかなスペースを除いて冷房は無かった。

暖房はあった。あったのだが、それはセントラルヒーティング。地下にあるボイラーでお湯を沸かし、パイプで送り出す。各部屋には放熱器(ラジエーター)があって、お湯の熱を放出することで…部屋が暖まる、理論的には…
ラジエーター
*画像はwikipediaより*

鉄筋コンクリート造り4階建ての学生寮、冬の住環境がもっとも過酷だったのは、またしても4階だ。単純にボイラー室から一番遠いから、熱湯が上がってこない。しかもボイラーを焚いてくれるのは、日暮から夜10時くらいまでなのだ。

夜ボイラー止まる、夜中から朝まで、ラジエーターから配管から全部冷め切る。

夕方気温が下がってきたところでボイラー焚いて、お湯が配管に出ていって、周辺あっためて、1階あっためて、2階あっためて、3階あっためて、4階…行く頃には夜の10時になってボイラー落ちる。

暖房ぜんぜん効かへんのに、寮費が同じっての納得いかんやん?

4階住人はそんなふうにボヤキ、2階か3階の部屋に避難してタムロするのだ。

1階はどうかというと、ボイラー室から近すぎて、そこは熱帯。

ラジエーターには通水バルブが付いていて、お湯の流入量を調整できるようになっている。バルブを「全閉」にしていても、パイプを伝わってくる熱なのかなんなのか、ラジエーターはチンチンに温まり、部屋は熱帯になる。

北関東出身で寒さに慣れている学生(北海道出身者は意外と寒さに弱い)とかには、1階はあまりにも暑すぎる。寮長さん(寮監・定年退職された管理人さん)に、なんとかならないかと話をした奴もいた。

それくらい温度を上げないと、2階・3階が温まらないから我慢しなさい

そんなわけで、1階の住人は、冬でも部屋の中ではタンクトップかTシャツにトランクス。ただ、↑の通り暑いのはボイラー焚いている間だけで、それ以外の時間は…普通に冬。

暑過ぎてほぼ裸でドア開けっ放しで、うっかり寝落ちして、深夜に目が覚めたら凍死寸前だった奴もいた。

あ、そうそう、セントラルヒーティングの大きな欠点を書き忘れるところだった。

セントラルヒーティングとは、ボイラーが熱源で、そこで温められたお湯というかスチームが館内に張り巡らされたパイプを巡る。巡った先で、ラジエーターで放熱して各所を暖めるというシステムだ。

ヒーティングパイプは建設現場の足場に使われる単管パイプを肉厚にしたような代物で、途中で熱が逃げないように断熱材を巻かれたり、壁や天井裏に埋め込まれたりして隅々まで延ばされている。

ここで問題なのは、鉄でできているヒーティングパイプと、それを壁に取り付けるステー(金具)と、壁の材質である鉄筋コンクリートとか木材とか、全部「熱膨張率が違う」。熱膨張率が違うのに加えて、熱が入るタイミングも違う。

パイプにスチームが入ってくると、パイプが温まって伸びる。ところが取り付け先のコンクリートには、熱がまだ伝わっていないので伸びない。そうなると、パイプとコンクリートの壁をつなぐステーが変なふうに引っ張られて、ズレるのか捩れるのか?音が出る。

単に何かと何かがズレているだけのはずなのに、その音は…単管パイプをハンマーで叩くような音になる。日が沈んで、ボイラーに火が入った後、僕らの部屋ではこんな音がする。

シューーーッ…シュッシューーーーッ (スチームが回り始める音)

カンッ!

カカカカカッカカンカーン……コーン…ココココココカーン…

ガッガガン

コンコンコンシューーーシュシュシュシュカーンコココココーン

ガン

ガォゴンガガガガガッガガアガシュシュコーンガガッガコンコンコンコンカーン

シュバシュバシュバプシューカコンココン

でねぇ、このラジエーターが僕らの部屋ではベッドの脇にある訳ですよ。ベッドに横たわると、枕元1.2mのラジエーターからこの音が30分くらい響きわたる。

ボイラーの火入れならまだいい。夕暮れ時で、みんな起きてるし、その時間はみんな食堂に行ってたり風呂入ってたり、誰かの部屋で飲んでたりするから。

ボイラーの火を落とす時、夜の10時過ぎ、熱膨張率のイタズラは逆方向に働く。熱が徐々に逃げていくのでねぇ、これ、なかなか音が収まらないのよ。1時間ちょっとくらいはこの音が続く。

シュバシュバシュバプシューカコンココン

ガォゴンガガガガガッガガアガシュシュコーンガガッガコンコンコンコンカーン

 

 
カカカカカッカカンカーン……コーン…ココココココカーン…

 

コンコンコンシューーーシュシュシュシュカーンコココココーン

 

シューーーッ…シュッシューーーーッ




ふう、ようやく収まったか、そんなタイミングでいきなり不意打ちが来る








カンッ!

 

シュシュシューーー




パイプを伝わってきてラジエーターで放出されるこの音は、不思議なことに1階でも4階でも大した違いは無かった。

気の毒なのは、4階の住人で、セントラルヒーティングの恩恵にはほぼ与れないのに、この騒音問題は等しく影響を受けていたのだ。

まぁそんなわけで、夏に引き続き冬も、4階建の学生寮でもっとも不人気だったのは4階、僅差で1階だった。

えっ?僕?

僕は、入寮時2階、3年次の部屋替もうまく立ち回って2階。

上手くやったなー! だって?

まぁね…

夏も冬も、1階と4階の住人が避難してきてタムロしてることを除けば、ラッキーだったかもね www

2023年9月27日水曜日

学生寮の話 (四季を感じて・夏)

「学生寮の話(世間との闘い)」でちらっと書いたのだけれど、寮には空調設備が無かった。

僕が住んでいた学生寮は、硬派(死語)を気取っていた。

硬派であるとは、暑いとか寒いとかゴタゴタ言わずに、質実剛健、豪放無頼、人生適当を旨とするのである。

寒くて死ぬやつはいるが、暑くて死ぬやつはいない

帝国陸軍のような考えのもと、冷房は共用スペースのごく一部にしか無かった


いらすとや様よりお借りしました

そんな環境に住んでいると、季節の移ろいを肌身で感じるようになる。

学生寮は鉄筋コンクリート造りの4階建てだった。

住環境的にもっとも過酷だったのは4階だ。夏の日射に照らされて、屋上のコンクリートスラブは裸足で歩けないくらいに熱くなる。それが4階の天井になるわけだから、昼間はもちろん熱伝導で暑い。

夜になったら涼しいかというと、そんなことはない。夜風が一番通るのは確かに4階だ。けれども、そもそもコンクリートは蓄熱性に優れている。昼間たっぷり太陽に炙られて蓄熱した天井は、夜になるとジワジワジワジワ室内に向かって放熱する。

あれなぁ、天井一面に電気ストーブ埋め込まれてるようなもんやで

4階住人はそんなふうにボヤキ、2階か3階の部屋に避難してタムロするのだ。

1階はどうかというと、日射の影響は少ないが、そこは虫地獄。僕らの北寮と南寮の間には緑豊かな中庭があり、そこには数多の昆虫類と、それを狙う両生類、爬虫類の皆々様が生息していた。

寮の窓には網戸が付いていなかった。いや、付いていたのかもしれないが、きちんとメンテナンスされて機能を果たしている網戸はほぼ存在していなかった。

1階の部屋でタムロして飲む時は、横に置いてある蚊取り線香の火で、お気に入りのトランクスに穴を開けないように気を付ける必要があったものだ。寮生どうしすれ違う時、金鳥のうずまきの臭いがすると、だいたい1階の学生だった。

開放的な1階の窓から藪蚊が入ってくる、 プーーーん
藪蚊を追いかけてカエルが入ってくる、 ピョーン
カエルを追いかけてトカゲが入ってくる、 サワサワ
トカゲを追いかけて蛇が入ってくる、 ニョロニョロ

そんな食物連鎖のピラミッド構造を、ベッドから横目で見るだけで学べるのが1階だった。

僕ら寮生は、地方出身者が多かった。田舎で生まれ育った寮生は虫には慣れているので、1階の虫地獄は基本無問題だった。しかし、一部関西都市圏出身者、大阪・神戸・奈良とか?にとって、1階はかなり過酷な環境だった筈だ。

あ、そうそう、中庭にはゴキちゃんも多数生息していた。

ある友人は、机の上にうっかり食べ物を置いて寝てしまった。翌朝、ふと見たら…机の上が茶色くワサワサ波打っていて、良くみたらそれが小さめのゴキちゃんだった…

別の友人は、ベッドで飯を食いながら寝落ちした。ふと気がついたら枕やシーツにこぼれ落ちた食べ物のカスを狙って、ヤツラが目の前10cmで集結しているのを見てしまった。

あれは相当のトラウマだとぼやく友人に、横から誰かが慰めるように言う。

あいつら基本落ち葉しか食うてへんから、 
街のゴキちゃんちごうて清潔なんやで

まぁでもだからと言って、その誰かが積極的に1階の部屋を選ぶかと言ったらそれは無いのだが。4階建の学生寮でもっとも人気だったのは2階、次が3階であったのはそんな理由だった。

2023年9月13日水曜日

学生寮の話 (世間との闘い)

僕が住んでいた学生寮を出て小道を進み、胸突坂を下ると神田川に出る。

神田川を渡って、古い住宅と、新しいワンルームマンションと、本や雑誌の小さな工場(こうば)が雑然と並ぶところを通り過ぎると、母校の講堂が木立の向こうに見えてくる。

いつもの通り寝坊した僕は、いつもの通り最低限の荷物を突っ込んだリュックを背にし、いつもの通り慌てて寮を出た。

胸突坂を駆けるように下り切ったところで、神田川の橋の上を、急ぎ足で戻ってくる橋本(仮名)が目に入った。

オウ!

橋本はそう声を出して僕の注意を引くと、

お前もかぁ!それ!それ!

と呆れたようであり、ちょっと浮かれたような口調で僕の腰のあたりを指差した。

アッ…

そして僕とヤツは肩を並べて引き返し、狭い胸突坂を登り返して寮に戻った。

写真と本文は関係ありません

話は少し変わるが、80年代の半ばを過ぎた辺りは、バブルの真っ只中だった。景気は良くて当たり前で、世の中は活気に満ちていて、新しいコンセプト、素材、デザインがどんどん生み出されていて、ファッションも目まぐるしく変化していた。

そんな空気感ではあったのだが、僕を含めて寮生の大多数はファッションに興味は無かった。男ばかりが300人近く住んでいる寮、そんなところで青春のリピドー青春の貴重な4年間を過ごそうというのは、やっぱりちょっと変わっていて、地方の男子校から、男ばかりの大学に進んだという奴らが多かったと思う。

ファッションに疎い僕らではあったのだが、服飾史に残るであろう大変革には飲み込まれていた。

その中で、僕らにとっての ディープ・インパクトは、そう、トランクス。

BVD Fujibo様のサイトよりお借りしました

当時、男子学生の下着と言えば、ブリーフが宇宙の中心を占めていた。ブリーフのブランド品と言えば「GUNZE」で、木綿100%の純白が基本だった。学生寮には大浴場があったのだが、そこでの観察結果もほぼ全員がブリーフ。ごく僅か…「ふんどし」を愛用する漢もいたけれども、彼らは例外中の例外だった。

そこにトランクスが登場し、僕らの心を鷲掴みにした。

すずしい
締め付けない
おキンキンが蒸れない
おティンティンの形が出ない(出る場合もあるけどな…)

僕ら寮生は、夜な夜な誰かの部屋に集まって酒を飲んだ。冷房なんて付いていないから、梅雨時くらいから秋深まるまでは暑い。暑いから薄着になりたいのだけれど、ブリーフでアグラはさすがに礼儀としてまずい。

だがしかし、トランクスならどうだ?

あれはほぼ短パンみたいなものであって、丈の短い短パンみたいなものであって、丈が短いから変に捲れ上がってアレがポロリンちょしない限りは短パンみたいなものである。

そんなわけで、僕らの寮ではちょっとした下着革命が起こった。

もう…一日中トランクスにTシャツかタンクトップが当たり前。寮内では上半身裸で闊歩することも黙認(流石に食堂で裸は注意されたが)されることになった。

そんなトランクスにもいくつか欠点があった。小さな欠点としては、ジーパンの中で裾がずり上がること。こうなると、ブリーフの裾にシワシワの蛇腹が縫い付けられているような見かけになって、オネエちゃんの前でいざと言う時にかっこ悪い、着心地が悪くなる。

そして、大きな、というか致命的な欠点なのだが…

トランクス ≒ 短パン であるという哲学的概念が、あまりにも一般化されすぎた社会で生きる僕たちにとって、トランクスは所詮は下着であるという倫理学的概念を持つ世間とが激しく衝突するということになる。

しばしば僕たちはうっかりトランクスで外出し、「世間」との世界線で激しいコンフリクトに出会い、すごすごと引き返すことになった。

そして、僕とか橋本みたいなW大生にとって、この世界線は神田川の橋の上に引かれていたのだった。

おしまい


追記: 
「トランクスゆるされるかも世界線」は、人によって、日によって違っていた。

一部の先輩は、トランクスで何も気にせずに通学していた。

僕も、よりによって単位を落とすかどうか瀬戸際のテストの朝、胸突坂の下でこの結界に突き当たり…寮に帰ったら間に合わないので、「世間の目という業火」を掻い潜って出席し「可」をゲットしたことはある。

この先輩と寮の風呂でトランクスの話になった時、二つの点で意見が一致した。「前開きで無いトランクスこそ危機管理の面で至高である」こと。もう一つは、「物干しから取り込む時、陽に透かしてうっすら向こうが見えるようになったら要注意」ということだった。あの先輩、今、何してるんかなぁ。

2021年10月4日月曜日

気をつけないと…バレちゃうよ?

僕は彼女が何を言っているのかわからなかった。
数秒後、やっと意味を理解した時には、彼女はもう向こうを向いてスタスタと歩いていた。

彼女は、廊下の角を曲がる前にこちらを見てにっこり笑った。そして、彼女が階段をタタタタと駆け降りる音が、殺風景なクリーム色をした10号館の廊下にリズミカルに響いていた。

彼女のショートカットの髪が、元気よく跳ねる様子が僕には見えた気がした。

僕は友達と話をしていた。当然のことながら、話題は彼女のことになる。

おい、なんだ、知り合いなのか?
いや、語学で一緒になったことはあるけど。 
あの娘、なんかいい感じなんだよな。 
そうそう、2年なんだよ、俺らと同級だね。

廊下は教室の北側に続いていた。対面にある法学部の、窓に反射した陽の光が差し込んでいる。廊下を舞う細かい埃が渦を巻いていて、彼女が放した羽毛がその光の中を漂っている。

あんな子いたっけ?本キャンに?
めずらしいタイプだよね、文キャンならいそうだけど。

僕の母校は学部によって、キャンパスがバラけている。理工学部はほぼ男。文学部は半々。そして、僕がいる政治経済法律商学教育の本部キャンパスは、90%以上が男。教育学部は少々女性の比率が高いのだけれど、それを均して出る比率で9割以上が男。

新入生は、選択した外国語によってクラス分けがされる。僕は中国語を選択したのだけれど、同じクラスに60人がいて、そのうち3人が女子だった。

そして、他のクラスの同級生からは、「お前らのクラスは女子の比率が高くていいな」と、羨ましがられた。他のクラスは比率というか…ゼロか二人。それくらい、ほぼ男子大学だった。不思議とクラスに女子が一人というパターンはあんまりなかったような気もする。それはなんらかの配慮だったのかもしれない。

僕は1年目の中国語で「不可」を取り、再履修となった。そして、同じように再履修になったらしい彼女と、何度か近い席に座った。大多数は新入生で、履修1年目。その中で、不可くらって再履修組は、自然に近い距離感で集まっていた。

彼女は、なんというか、人目を惹くタイプだった。

というか周囲が男ばかりなので、女性がただそこにいるだけで人目を惹くのだが…彼女が発する雰囲気というかオーラというか、わずかなシャンプー?の芳香だけで、僕らはなんとなく落ち着きを無くしてしまう。

で、そそっかしいらしい彼女は、時々ペンとか消しゴムを落とす。僕らはそれを拾って彼女に渡す。

図々しい奴等は、それを機会に彼女と連絡先を交換しようとか、お昼を一緒に食べようとか、そんなアプローチをしていたらしい。そして、みんな玉砕していた。

僕は男子校から、この「ほぼ」男子だけの大学に進み、数百人の男子学生が住む学生寮から通学していた。

寮生のみんなは知的能力に優れ、人間的にも素晴らしい奴等ばかりだった。だが、思春期の男子生徒が数百人も棲むという破壊力は甚だしい。通りの反対側をちょっと入ったところにあるN女子大の寮では、新入生のオリエンテーションで「あそこの学生には関わるな」と言われているとも聞いた。

まぁ、その、周囲が男ばかりの環境で育ち、男ばかりの大学に通い、男ばかりの学生寮で毎晩呑んだくれているという…関わらない方がいい集団…ではあった。

僕は、幸いにも姉がいた。幼い頃から、姉たちが僕をいろいろな意味で躾けてくれたおかげで、僕は女性と相対しても普通に話ができた。というか、「女性」という存在に、過大な期待も持たず、さりとて劣位に見て自分の価値を相対的に高めるみたいな、そんなクダラナイところから離れることができていた。

姉達を見ていれば、性別に関係なく人間は人間なんだということが良く分かったから。

で、そんな僕のことを、彼女はちょっと安心して見ていてくれたようだ。

教室に入るときに、彼女と出くわす。僕は譲る。

10号館の入り口は重い両開き戸になっていた。鉄製の枠に分厚いガラスが入っている扉を肩で押開けて入り、振り向く。時々、そのタイミングで彼女がいた。で、僕は扉が閉まらないように抑え、彼女はあかるく「サンキュー」と言いながら通り過ぎる。

そんなことが何回かあって、「紳士だね」とか、「やさしいね」とか言われたこともあった。

で僕は、「姉ちゃん達に怒られるからね」と、シスコン的な返しをしていた。

でもまぁ、情けないことに、彼女の顔はまったく記憶にない。僕もなんだかんだ言って、彼女のことは意識していたのかもしれない。意識していたからこそ、あえて彼女をじっと見ることもなかった。かすかに覚えているのは、彼女の大きくて、ちょっと薄い茶色の瞳くらいか。

で、だいぶ冷え込んできた冬の日、僕は廊下で友達と話をしていた。

彼女が後ろから近づいてきて、僕のダウンジャケットの肩を優しく触って何か言った。

「え?」 僕は何を言われたのかわからなくて、聞き返した。

彼女は僕のダウンジャケットを触った指先に、白い羽毛を摘んで僕を見つめた。

この太い指は僕のです

子供のたわいないイタズラを見つけてやさしく叱る、母親のような口調で言った。

気をつけないと…バレちゃうよ…?
何が…? バレちゃうって? 
 
天使だってことが…バレちゃうよ。

そして彼女はいつも通りスタスタと廊下を歩き去り、僕の友達は…

おい、なんだ、知り合いなのか?
いや、語学で一緒になったことはあるけど。 
名前は? 
?いや?知らんけど? 
なんだよ!勿体無い!聞けよ! 
そうそう、2年なんだよ、俺らと同級。

的なことを僕に言い募る。

すぐに年末が来て年が明け、ゼミの選考をくぐり抜け、サークルの雑事も増え、合間を縫ってバイトをこなす。そんな日々を過ごしていたせいか、彼女と再会することも、会話することも無く終わった。

彼女の顔は記憶の彼方に去り、僕の風貌は随分変わった。再会してもお互いに気がつかないのではないか?

冬に備えて出したダウンのブランケット、そこから飛び出した小さな羽毛。それを摘んで眺めていたら、30年近く前の思い出が、記憶の襞の奥からぽっかりと浮かび上がって来た。

もし、彼女に再会することがあれば…聞いて見たい。

僕の背中には、まだ、天使の羽が生えているだろうか?