「Junさんって欠点って無いの?」そう聞いたら、ナベちゃんは腕組みしてしばらく瞑目し…
酒癖は悪いかも…
ボクはビビってさらに聞く。
酒癖が悪いって…殴るとか?ん?いや?武道の有段者だから、それは無い。なんかね、幸せになっちゃうんだよね…ずっとニコニコしながら飲んでる。……それは…別に…酒癖悪く無いと思うが?んーーーー表現が難しいなぁ…あの人、いい人じゃん?で、周囲に悪人がいるってこと忘れるくらいにハッピーになっちゃうんだよね。そんで、ニコニコしながら際限なく呑んで、しまいには寝ちゃうんだよ…で、起こすと殴られるんだ?いや、だからそれは無いって。
なんか、そんなに心配するほど酒癖悪くなさそうで一安心。ボクは話題を変える。
そもそもだな…なんでJun先輩にお酒誘われたの?あぁ、今度、彼女とスキーに行くんだって。どこのスキー場がオススメか教えて欲しいって言われてんの。
なるほど…
当時はスキーブームの真っ只中だった。
ボクはグンマー出身、ナベちゃんは東北出身、スキーの足前には自信があった。オススメのスキー用品や、スキー場や、スキーバスツアーや、色々相談されることもあった。
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谷川岳天神平のゲレンデサイド |
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天神峠のお社 |
周囲で一番高い場所にある鳥居の下から、なぜか湧き水が溢れ出してるとか、そんなマメ知識が割と役に立つ時代だった。
で、ボクとナベちゃんは、風呂を済ませてから Jun 先輩の部屋を訪問した。
入塾のご挨拶や、自己紹介で散々やらされた作法通りドアノックを3回して、返事を待って入室する。
マメで几帳面で、キチンとしている、そんな性格通りの整った部屋。
シワのないベッドと、4人が座れるラグにクッションがある。ちゃぶ台に、ウィスキーボトルとビールに、ガラス製のコップが並んでいる(洗うのが面倒だし、割れるので、ガラスのビールグラスを使っている人は珍しかった)。
おー入って入って〜良く来たね〜ヒデオと呑むのは久しぶりだね、今日は色々教えてよ〜キミと呑むのは初めてだよね?名前は?なんて呼んだらいいの?ヒデオと親しいの?W大?
Jun 先輩は、朗らかに声をかけながらビールを開けて、ツマミを勧めてくれる。なんていい人…
ふと…なんとなく…違和感を感じて、壁を見るとベニヤ板が立てかけてある。良く見ると、1寸角の杉の角材で畳ぐらいの枠を作り、そこにサブロク(3尺x6尺)のベニヤが向こう側から張られている。和室の襖(ふすま)の、襖紙を貼っていない押入れ側を見ているような感じだ、それが壁に立てかけてある。
それは、演劇部の大道具の一部みたいに見えた。
Jun 先輩… 演劇とかやるんですか?
ボクが聞くと、Jun 先輩は照れくさそうに「裏側を見てごらん」という。ベニヤ板を壁から離して、裏側(本来の表側)を覗き込んで…ボクの呼吸が止まる。
学費値上げ反対!
革◯ル、中◯派、セクト主義粉砕!
大学当局の横暴を許すな!
赤とか黄色とかの原色で書きなぐられた…これは…アカン、アカンやつや…なぜここに?
Jun 先輩は、いつもの温厚な笑顔で続ける。
本当は返しに行かないとなんだけど、ヒデオがやめろって言うから…
そのファーストネームヒデオ、ラストネームナベちゃんが続ける。
Jun 先輩交えて馬場で飲むとさぁ、近いって油断があるのか、いっつも飲みすぎるんだ。早◯田まではなんとか帰って来るんだけどさぁ、◯学部の前あたりでいつも寝ちゃうんだよ。無理やり起こすと、「そこの立て看で運んで」って言うんだぜ。いや、タテ看はやばいっすよって言うんだけど、「ボクはT大だし、普段はここにいないから大丈夫、大丈夫!」って。ヒデオ〜いっつも飲みすぎるって、それは言い過ぎだろう?いや…3回ありましたよね?
ん? ボクは壁に立てかけてあるタテ看の裏を見た。そこには…確かに…横倒しで立てかけられたタテカンがあと2枚…あった。
ボクの背中をちょっと嫌な汗が流れる。
バレてないの?誰かが取ってったことは気づいてる、あたり前だけど。翌週見に行ったら、「タテカン返せ!」って書いてあるタテカンが立ってたし…えっ?なにそれ面白い!タテカン返せってタテカン?面白い!ちょっと黙っててもらっていいですか?
ナベちゃんと今後どうしたらいいか相談した結論は、とりあえずほとぼりが冷めるまでこのまま。いつかタイミング見計らって、解体して粗大ゴミで捨てるしかないか…
ふと振り向いたら、Jun 先輩は横倒しになって寝ていた。
スヤスヤと寝息を立てて…なんか、寝顔もニコニコしていて…ちょっとだけイラッとした