その日、僕はトレーニングがてら西黒尾根を登行していた。
落ちる雪がほとんど落ちて、BCスキースノーボードのシーズンが終わった時期の谷川岳登山は楽しい。アックスとクランポンのトレーニングにもなるし、暑過ぎないし、人もそこまで居ないしね。
ラクダの背から双耳峰の谷川岳を見る |
これは典型的な残雪期の写真だけど、神様と出会ったのは、もう少し雪解けが進んだ時期だった。正面の尾根が西黒尾根で、そこを突き上げると肩の広場の東の縁に出て、そこから少し登ればトマの耳。
僕が、何かが上部雪面を動いている?ように思ったのは、このラクダの背から30分くらいのところ。ガレ沢のコルを過ぎて、登り返しに入り、ちょっと嫌なトラバースを過ぎたあたりだったと思う。危険な場所を過ぎて、ちょっと肩を回して背中のコリを取ろうと伸びをした。
ふと上を見て、僕は誰か滑落したのかと思った。
肩の広場から、西黒尾根になだれ落ちる雪の斜面を、跳び降りるように下っている…のか、滑落しているのか、尋常ではない速さで人影のようなモノが下降している。
あそこは、、、そこまで斜度は無いが、上から見ると高度感もあるし、足を踏み外したら割とやばいところだったはず。距離も遠いし、ブッシュか何かが風で転がったのかもしれないと僕は思った。
だってね、上から見るとこんな感じだよ。ここを駆け下りるのは危ないねw
で、多分見間違いだろうと思った。まだ距離も遠いし、その影みたいなのも、今はもう見えないし。
僕はそのまま登り続けて、氷河跡とか滑り台とか言われる、ツルツルの岩場にさしかかっていた。谷川岳と、尾瀬の至仏山は蛇紋岩が主体の山体だ。蛇紋岩の特徴は、ツルツル滑ること(注1)。で、その場所は、名前の通りに、長い期間雪崩を受け続けて、テカテカに磨かれた斜面。
さぁ、気合いを入れていこうと僕は上部を見て…神様を見つけた。
氷河跡の一番上は岩溝状になっているのだが、その上からごま塩の短髪丸顔で、銀縁の眼鏡をかけた顔が覗いていた。その岩溝から、チェックの山シャツを着て、クラッシックな山靴を履いたその人が現れると、「下を向いたまま」岩から岩へ飛び移りながらこちらへ降りてくる。
えっ?って、見ていると、その人はまるで階段を駆け下りるみたいなスピードで、氷河跡をそのまま降ってくる。
で、僕がアホみたいな顔で呆然と見ているのに気がつくと、その人は足を止めることもなく、にっこり笑って挨拶すると、そのまま駆け下りていった。
その人も赤い年季の入ったザックを背負っていた。容量は20~30Lくらいなんだけど、とても小柄な人だったので40L くらいに見えた。とても不思議なことに、すごい勢いで下っているのに、ザックはまったくぶれることもなく、その人の背中に張り付いていた。
で、その赤いザックはすぐに小さな点になって、神様の姿は斜面の向こう側に見えなくなった。
僕は神様が下向きのまま駆け下りたその斜面を、しっかりと三点確保を意識しながら登攀した。そして、肩の広場に出て、とりあえずトマ・オキを回って帰った。
普通の人はこちら、肩の広場から天神尾根を見る |
山の会で、先輩にこれらの神様のことを話しした。
驚くかって思ったら、皆さん普通に冷静で、
あーどっか行く前のトレーニングかもね
そうだね、時間が無いけど、身体動かしたいって人かも
西黒なら、記録とって登ればコンディション管理しやすいしね
いやいや、そんな人っていないっしょ?
神様じゃ無いですか?僕はあんなの初めて見ましたよ?
あのな…確かにすごい人たちだろうけど、ありえなくもないんだよ。
本当の山屋って、一般登山道にいないの。
バリエーションとか、登山道じゃないところに棲息してるの。
そうそう、フナがイワナのこと知らないみたいなもんw
多分あれだよ、ママ(注2)が言った時期が、ちょうどイワナとフナが出会うギリギリのところだったんじゃないかな?
フナ呼ばわりされたけど、不思議と腹も立たなかった。
そこで気がついたんだ。
そういえばここにいる人たちも…
それぞれの分野では神様みたいな存在の人もいたような、いないようなってね…
見渡す限り神様www