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2021年8月22日日曜日

山力(ヤマヂカラ) その2 ジブッチ

アオちゃんが正統派の山屋だとすると、ジブッチはかなり偏っている。

ジブッチ、敵も多い

雪山宴会部が立ち上がってすぐ、ジブッチがBC合宿に参加したいと言ってきた。

スキー?楽勝です。山形生まれの山形育ちですよ。
雪国育ちだからって、スキー滑れるとは限らないだろう?
いや、部長、それは中途半端な雪国だったらそうでしょうね。

違うのか?

俺の故郷はただ豪雪なだけじゃなくて、ものすごい寒いんですよ。スキーできないと通学もできないし、下手したら通学路で凍死しますからね。

…そもそも、ジブッチ登山やったことあったっけ?
何言ってるんですか〜山形の山猿ですよ、ボクぁ!毎日が登山ですよ。エブリディ・クライミング、エブリディ・サバイバルって感じでしたから。

で、まぁ…一抹の不安を抱きながらOKした。

合宿のテン場へは、ロープウェイの山頂駅が入山口になる。スタートして最初はほぼ平坦なのだが、ジブッチは明らかに遅れ始めた。

ジブッチ、大丈夫か?どこか悪いのか?
何言ってるんですか部長、汗をかかないように歩いてるんですよ。
????
八甲田山死の彷徨って知ってますよね?
お、おう。 
あれも結局ですね、行動中にかいた汗が原因で、疲労凍死に至るわけですよ。なので僕は汗をかかないように行動することを心がけているんです。
……それにしても遅すぎないか?みんな待ってるぞ?
部長も割とせっかちなんですね、早死にしますよ?

お分かりだろうか?

どちらかといえば体力不足で、雪山登山の経験もほとんど無い彼に、「上から目線の、BCアドバイス」を賜る時のイラつき感。

こうやって、彼はいろいろなところに敵を作ってきた。

アオちゃん、ジブッチ、タカさん@立山

肝心の滑走技術はどうか?

ジブッチはテレマークスキーの破壊者だった。
道具は細板に革靴という、正統派テレマークなのだ。しかし、滑走はアルペンターン一筋。

ジブッチさ、たまにはテレマークターンしてみたら?
踵上げると転ぶんですよね。だから上げなくていいかなって…
テレマークの意味ないじゃん!
いや〜道具が安いからテレマークにしたんですよ(注1)。
別にテレマークスタイルに思い入れもまったくないですし… 
軽いし、歩きやすいし、安いからって感じです。

お分かりだろうか?

それなりに練習して、やっとテレマークが滑れるようになった。そんな過程を経て、テレマークという文化に対してそれなりにリスペクトを抱いている僕の前で、

いや、僕、まったく思い入れないです。
安いからこれにしました〜!

と、言い切られる時のイラつき感

彼の滑りはものすごいユニークで、全体重を踵に乗せて滑るのだ。新雪に行くと、体重がかからない先の半分、ブーツのつま先からスキートップまでは、ずっと雪の上に突き出したまま滑っていく。

ジブッチさ、カカト荷重も極端過ぎないか?スキーの後ろ半分しか使ってないじゃん。
部長、そうなんですよ。今度軽量化のために、前半分切っちゃおうかなって思ってるんですよね。どうせ使ってないし。 
スキートップが無かったらラッセルできないだろう? 

彼はニヤリと笑って言う。

 先頭ラッセルできない理由になりますね!

つまり、ジブッチは「滑走技術」「体力」「生活技術」の山力3要素は、落第点ギリギリ。でも、不思議と、彼の参加はみんなウエルカムで、気がつくと一緒に居た。ジブッチについて、みんなはこう思っているんじゃないかな?ということを、創作交えて書くとこんな感じ。

気が利かないくせして、一番美味しいところにささっと居ますよね。
そう、鍋の準備とかしないのに、不思議とベストポジションでブキ持ってる(注2)。
ハイク遅れるのに、絶好のドロップインポジションで先頭に居たりとか。
そんで滑ると、まっさらの斜面ですっ転んでメタメタにしちゃうとか。

でも、凄い楽しそうなんですよね。誰よりも楽しそうw
憎めないよね、カチンと来る時もあるけどw
カチンと来るんだけど、よく考えてみると、まともなこと言ってるんですよねw 
嘘が言えないんだよね、思ったことがそのまま出ちゃうw

僕は接客業をしていたことがあるので、愛想の良さとか、丁寧な対応とかは、どちらかと言えば得意だ。しかし、正直言うと、本質的に、僕は人付き合いが下手だ。

そして、苦手な僕でも人当たり良くできるということは…それは、あくまでも訓練で身につけた技術であって、僕の本質ではない。

僕だけじゃなく誰でも、大人になるにつれて、「人当たりの良さという仮面」をかぶって生きていく。で、仮面の存在には、みんな気がついている。

嵐の夜にテントの中で酒を一緒に飲んでいると、だんだんと仮面が取れていく。そして、素顔が現れた時に、それぞれの魅力とか欠点とかが露わになる。

そして、ジブッチが偏っているように見えるのは、みんなが仮面をかぶっている中で、彼だけが素顔でいるからということに気がつくのだ。

それはイヤ、それは大好き!と、裏表なく正直に口に出し、合宿になるとあいつが一番楽しそうに過ごす。

「やっぱりジブッチがいないとつまらない」ということが、彼が部員であり続けた理由なのだろうね、山力は置いといて。

部長、モタモタしてると置いていきますよ!

榛名黒岩南面最上部、下降の準備

そんなジブッチは、関西に移住し、スキーを引退して久しい。

雪山はやっていないけれども、クライミングはずっと続けている。今では結構な高難度とか、ヨセミテのビッグウォール遠征とかも楽しんでいるようだ。

つづく

注1 当時のテレマークギアは安価だった。ブーツが3〜5万円、板もそれくらい。バインディングなんて3ピンならば8,000円くらいで買えた。僕も正直言って、ギアが安いからテレマークスキーに移行したってのも、否めない事実ではある。

注2 山屋は食事の道具、箸とかスプーンのことを「ブキ」と呼ぶ。

追記: うっかり、ジブッチが秋田出身って書いちゃったけど、実際は山形だったので訂正しました。秋田はハタッキーだったね…