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2025年12月15日月曜日

流行りのクィックエントリー・バインディング(考察2)

前回の投稿では、BurtonのSIからK2のクリッカーあたりを振り返ってみた。

さて、「安心の日本製で信頼のシマノ」が、満を持して投入したアキュブレードについて書いてみよう。

ヨーイチ師匠とアキュブレードXTR(高級版)

Accubradeを買うかどうしようか迷っていたボクの背中を押してくれたのは、ヨーイチ師匠。師匠はさっそくアキュブレード投入されてたので(さすがです)、どうですか?そう聞いたらこうおっしゃられた。

エントリーしやすいっすね。左右にレールが付いてガイドになるから
ハイバックがあるせいか、すごい反応がクイックっすよ
ハイバックローテーションできるから、前振りでも問題ないっすね
ブーツのインナーハイバックみたいなのがなくなって、軽くなりました
ブーツが固すぎないので動きやすいっす
自転車屋のブーツ?って心配だったけど、超快適で本革でかっこいい

何よりもイイのは…

…なんですか?

値段が高くって、そう簡単に買えないじゃないですか。
人と被らないのがサイコーっすよね ← こればっか

スノーボードの上手い人は、タクジもシンヤもユーヤもカズくんもタカヤンもアメちゃんもみんなそうなのだが、人格的にはやや問題がある人が多いような気がするのだ。

しつこいですが、このブログはフィクションで、登場人物の発言は創作です

で、ボクもAccubrade導入を決めた。
ヨーイチ師匠と被って破門されないように、ボクはセカンドラインを選んだ。

バインは確か2モデルがあり、ベースプレートがカラーアルマイト処理されて、ハイバックもカーボン?強化された高級版のXTR(もちろん師匠はこちら)と…廉価版のXT(ボクはこちら)があったと記憶している。ブーツも同様に、師匠は一番高いやつ(確かイタリア製かなにかの銘柄革)、ボクは本革だけど普通のやつを選んだ。

Shimano Tripper ABブーツ

ちょっと笑ったのは、「Accubrade だけではブーツ開発費の元が取れないのではないか?」そう思ったのかどうか、フツーのソールバージョンも投入されたこと。そんでもって、ソールにクリートが埋め込まれていないフリーソールブーツは…フレックスが絶妙で軽く、スノーボードブーツとしての出来は数段上だったようだ…

ブーツ履き比べた結果…こんないいブーツが、Accubradeのクリートを埋め込むとこうなっちゃうんだ?…って感じて…Accubradeへの移行をやめた人がけっこういた…ダメじゃん

ヨーイチ師匠@至仏山 川上川

そんな感じで、道具としてはかなり頑張って開発されたAccubrade。マーケティング的には割と迷走していたような気がする。と言うか、Burtonがヘタ打って撤退したせいで、クィックエントリーバインの信頼がほぼゼロだったのが大きかった。時代の趨勢には勝てず、華々しくデビューしたAccubradeだが、ほんの数シーズンで撤退が決まった…ナンデヤネン

えっ?ブーツとバインで15マン近くぶっ込んだボクの立場は?

スノーボード事業を、鼻かんだ後のティッシュみたいにブチ捨てようとしていた「釣具と自転車部品メーカーのShimano」も流石に…そんな怨嗟の声を気にしたのだろうか…

越後の誇り、世界に冠たるテニスとバドミントンラケット!ゴルフクラブ!カーボンオタク!のYonex様が、Accubradeシステムをそのまま引き継ぐことになった。

さすが超一流メーカーのYonex様、バインディングはまったく問題なく引き継ぎを済ませて、ユーザーを救ってくれた。え?Yonex製の…Accubrade ブーツ?まぁいいじゃないですかw

Burton Supermodel と Accubrade

ちなみに、時代感を補足しておこう。上の写真は、今は亡き草津白根山のロープウェイで撮ったもの。

Burton Cascade、Fish(初代)Jones Hovercraft (初代)

ボクは物持ちが良いので、割と古いモデルを大事に乗っていた。まぁ当時はまだスキーのうほうが優先で、シーズン中のスキーとスノーボードは 2:1 くらいだったから、ボードも消耗しなかったし。だいたい…BurtonのFishのトップシートが割れ始めて、ムラスポが日本に Jones Hovercraft を独占初投入したくらいの話だと思って欲しい(かえってわかりにくいw)

そんな Accubrade とボクの別れがやってきた。理由はいろいろある。ブーツが重いこと、どパウや湿雪でハマらず地獄を見ること、これがやっぱり大きかった。

最終的に踏ん切りがついたのが誤解放…からの怪我だった

その日、ボクは北軽井沢のスキー場で滑っていた。人工降雪機の固く締まったバーンは、エッジも良く噛みスピードが乗って滑りやすかった。リフト降り場も良く踏み固められていたから、降りてそのままステップインがやりやすい。リフト降りる、ステップイン、バックサイドターンしながらカカト押し込んでロック、そこそこの斜面に飛び込む、みたいなのを繰り返していた。

10時くらいになったのだろうか、リフト降り場の雪がちょっと緩んできていた。んで、リフトから降りてステップインした時に…なんとなく…緩んだ雪が挟まって…カカトのロックが甘いような…気がした。でもまぁちょっとの雪ならバックサイドターンで踏み込めばハマるので、そのまま斜面に向かったら…そこに人がいた。人を避けるためにターンを切り替えてフロントサイドターンに入って、荷重がトウに移ったところで後ろ足が誤解放した…

この斜面は北向きで、雪は締まったままだった。エッジはしっかり噛んでしまって、ずらすことができない。ワンフットのトウサイドターンでやばい加速を決めたボクは、コース脇のグリーンネットを薙ぎ倒して…コース外の土の上に背中から転げ落ちた…

コースは人工降雪機の雪で覆われているけれど、コース外の地面とは段差が50cmくらいあった。「ワンフットでこの段差を落ちたら、ボードが変なふうに持って行かれて膝がモゲる」そんな恐怖があったので、あえてボードを宙に浮かせたままこの段差を、結構なスピードで落ちたのだ。

後頭部も強く打って、意識が少し遠のいたけれど、ヘルメットをかぶっていたので大丈夫だった。それより、背中を打って息ができなくなり、仰向けのボクは抜けるような青空を見上げながら…これで死ぬのか?と思った。

何分か空を見上げて苦痛にうめいていたら、ようやく呼吸が戻ってきた。ボクはボードを外し、コースに復帰した。肋骨が刺すように痛み(肋骨ヒビ&肋軟骨損傷)、屈むことが難しかったが、固くしまったコースをつぼ足で降りることができなかったので、とりあえず左足だけステップインした。肋骨の痛みで右足は嵌められなかった。

リフトの上から一部始終を見ていたスキーヤーの何人かが、パトロールを呼ぼうか?と声をかけていただいたが…斜度と雪面の固さからモービル搬送は難しそうだった。ボート搬送を頼むのも申し訳ないし、なんとか動けたので自力で降りる決断をした。

斜面の下を向いて座り、尻で滑り、左足のヒールエッジでスピードコントロールしながらボトムまでなんとか降りられた。

そもそもこの日、普段行かないこのスキー場に来たのは、「使い残したリフト券」を使い切るためだった。シーズンが終わろうかというタイミングで、残った早割りリフト券を使うために来て怪我をしたのは…不幸中の幸いだったのか?ボクのそのシーズンはそれで終わり。

そして…いいところもあったし、愛着はあったけど、最後まで100%の信頼を置けなかったアキュブレードに…ボクはサヨナラをすることにした。

13-14 Burton SL & Genesis(初代)Re-Flex  

そして、Burtonのストラップバインディングに乗り換えて10年…再びクィックエントリー・バインディングを、装備に加えることにした。クィックエントリーの便利さと怖さを知るボクが選んだのは FASEシステム。そしてブランドは、Bataleon…

正直…クィックエントリーの便利さだけを考えたら、他のシステムの方が優れていることはわかっている。バートンのブーツで問題ないならStep On、ブーツにこだわりがあるならNidecker の Supermatic が多分一番いい。でも、ボクがFASEを選んだのは、少しくらい便利さを犠牲にしても信頼できるシステムを選びたいから。そのあたりは次の投稿で説明したいと思います、長っ!

2025年6月27日金曜日

DNS は賢者の証し、DNF は勇者の証し

少し前に、この二年間のブルベを振り返ってみた。

ボクのブルベ完走率はかなり高い。理由の一つは、ボクは登山の経験をベースにブルベを走っているからだ。

登山では、なんらかのリスクで計画通りの行動が困難であれば、DNS(Did Not Start 出走見送り)をする。無理をして、途中敗退(この場合はDNFと言わないね…)ならまだしも、遭難したら周囲に迷惑がかかる。登山はDNFを前提にしないスポーツなのだ。

ブルベも登山と同じだとボクは感じている。自己責任、自己救済が原則で、必ず余力を持って完走する。そうした文化において、DNSは冷静さの表れであり賢者の証しであるとボクは思う。

それでは、DNF (Did Not Finish) はどうだろう。途中でギブアップした、挫けた、退けられた、「敗北」なのだろうか?ボクはそうは思わない。

400kmとか600kmのブルベは「果てしない」距離を走る。

昼も夜も走ってゴールが近くなり、完走がほぼ間違いないと感じる瞬間がある。あとは事故なく、怪我なく確実に、ゴールへ行けばいい。そんな時に、ボクは何を考えているのだろうか?

もっとやれたんじゃないか?
俺は…挑戦してないんじゃないか?

ちょっと何を言っているのかわからないと思う。

ただ、ボクは、そもそも完走できそうなブルベしか、エントリーしない。

「完走できそう」という意味には、「多少コンディションが悪くても」という但し書きがつく。雨でも、向かい風でも、暑くても寒くても、機材トラブルがあったとしてもおそらく完走できるだろうということ。

大きなトラブルがなければ、余力を残してゴールする。

そうなるとねぇ…完走した嬉しさはもちろんあるのだけれど、ある意味それは当然のことになってくるのだ。「やり遂げた」とか「限界に挑戦した」という、ヒリヒリするような感覚は薄い。むしろ、「日和ってんじゃねぇか?オレ」という、なんというか、不甲斐なさを感じるのだ。ただまぁ、老境にさしかかっているボクちん、限界に挑戦して三途の川を渡るのはイヤだしなぁ。

ところで、ボクが楽しんでいる登山と、トレランはわりと違う世界観がある。トレランの荷物は小さく、装備品は少なく、登山者界隈からは「あんなんで大丈夫なのか?」と、訝しむ声も聞こえる。

ただ、ボクにはトレールランナーの友達が何人かいて、彼らのSNSを見ていてちょっと感じたことがある。ボクが思うに、トレランはDNF がありうることをベースに組み立てられたスポーツなんじゃないかな。

思う存分、限界に挑戦できるようにしたい、そーゆー気持ちで環境を整えている気がする。たとえぶっ倒れてDNFが確定したとしても、遭難にはならない。スイーパーがいて、エスケープルートがあって、回収車が走っていてサポートしてくれる。「最後はなんとかしてあげるから、ぶっ倒れるまで逝っちゃって?」ということなのではないか。

そうであるならば、トレランのDNFは自分の全てを出し切ったということだろう。DNFになるか完走になるか、ギリギリのところに挑戦したということ。それは決して敗北ではない。

脱線したけれど、ブルベでも登山でもトレランでも、怪我なく帰ってくる限りにおいて、DNFも勲章だ。初めて経験する距離や、獲得標高に挑戦し、限界までプッシュしてのDNFは勇者の証しだ。

トレランでヤバイ距離を完走したランナーは、もちろん嬉しいだろう。それと同時に、限界まで出し切ってDNFし、悔し涙を流したランナーも…あとで振り返れば、なんというか、人生のハイライトになるんだろうな。そう思うと、羨ましいぞお前らw

ボクはずいぶんと、ギリギリを攻めるような遊びはしていない。最近では、


ちょっと前だと、
谷川岳馬蹄形縦走日帰り」 とかかなぁ。

社会的責任をあまり考えないで済んだ時は、ギリギリ遊びもたまにはしていた。

寒冷前線通過中の極寒、全ての物が吹き飛ばされるような暴風、ホワイトアウトの世界を単独で彷徨したり。

暴風で吹き流されたグローブが宙を舞う

写真撮ってる場合じゃないかもw

年末年始に至仏山を滑ろうと、単独で鳩待峠に入ったら暴風雪が来て閉じ込められたり。

一晩中除雪に追われて迎える朝

この時は3日3晩雪が降り続き、至仏山滑るどころの話ではなくなって、撤退を決めた。鳩待峠からの単独ラッセル下山は遅々として進まず、戸倉までまる2日かかった。

1週間の食料と燃料を背負う

小康状態狙って周囲を深く掘り下げておく

そんな…割と…破茶滅茶な遊びがあって、チキンハートな老人が産まれたというわけなんですネ。おしまい

2025年5月29日木曜日

バックカントリーへの扉 祈りを込めて強く叩け (2/2)

バックカントリーへの扉 (1/2)では、一般的なBCへの扉を説明した。

…その一般的な扉がボクには開いていなかった。仕方なく他の扉を見つけてこじ開けた、そんな話をしてみたい。

連休が取れず、単発休みですら直前になっての出勤に変わるなんてことが良くある…そんなブラック企業がボクの職場だった。普通の社会人団体に加入することはまず不可能だった。

1990年代の初期、BCツアーを催行しているガイドさんはほとんどいなかった。白馬や北海道にはいたのかもしれないけれど、ボクが日帰りで行けるエリアには見当たらなかった。

んでボクは…単独でバックカントリーを始めることを決めた。

単独のバックカントリーはリスクが高い、それくらいは初心者のボクにもわかっていた。そこで、ボクなりに「これをやる」「これはやらない」という線を最初に引いた。

残雪期の水ノ塔山周辺

「これをやる」ということは、死なないためにどんなことをやるかということ。

具体的には、冬山の基本訓練(耐寒・ビバーク、ラッセル技術)、残雪期登山(アックス・クランポン、滑落停止、グリセード)、生活技術(衣服・糧食・燃料計画)、夏山登山(基礎体力向上と偵察山行)、BCギア理解(貼り付けシール、スキーリーシュ、3ピンバイン、凍結防止、メンテナンスなど)だ。

偵察兼ねて谷川岳

「これはやらない」というのは、ドツボにハマるような山行はしないということ。具体的には、厳冬期、高所、パウダー狙いのBCはやらない。連休取れないボク、山行の翌日は仕事がある。翌日出勤できなければ即誰かに皺寄せがいくから、必ず日帰りで帰ってこれないとまずい。

パウダー時期にBCに入らなというのは、単独で深いラッセルはものすごい時間がかかるから。スキー履いてても膝上まで潜るような深雪だと、500m 前進するのに数時間かかるようなこともある。

それに、当時のテレマークバインディングは、ビス抜けトラブルとかがありえた。ビスが抜けちゃうと、バインはブーツに残ったまま、スキーは流れてどっかに行ってしまう。そんなことになると、スキーが無いのでツボ足ラッセル…場所によっては夜通しラッセルしてもゲレンデまで帰れない。

そんなわけで、雪が落ち着いた残雪期、3月中旬以降を中心にBCに入るようになった。

ビバーク訓練も良くやった。日帰りなのだけれど、とりあえずツェルト張ってみたり、被ってみたり…

高峰山斜面

そうやって、「このくらいまでなら死なない」というのを理解してから、活動範囲を広げていった。ごく短いルートのBCとか、登ったところをそのまま滑る、シンプルなピストンコース。当時は山頂まで入れた浅間山とかね。

浅間山山頂
峰の茶屋から左に巻いて登って、偽ピークに上がり、そこから2段くらい段差を上がると山頂。

浅間山カルデラ

猛烈な北風が吹いていて、それが外輪山で火口への吹き戻しに変わり、吸い込まれそうになった。恐々とカルデラを見下ろしてから下降したが、風で磨かれ氷化したスロープの上に、畑の畔のような風紋が20cm…滑れたもんではなかったが、それも経験と割り切った。

テレマークスキーでの滑りはどうだったのかって?それは大丈夫だった。

ボクはスキーにどハマりしていて、ポールもコブも好きだったし、すべてのゲレンデがクローズしてからは、谷川岳のマチガ沢をハイクアップして7月ごろまで滑ったりもしていた(バカ)。

ポール練習

テレマークスキーは前傾過多だとすっ転ぶ。テレマークターンで転ばないように、前後のポジショニングを見直したら、普通のスキーも上達した。ポールのタイムも速くなったくらいだ。

ブレーカブルクラスト蹴散らす

ただ、あんまりテレマークっぽくない滑りだとは言われていたw

ダブルストック

コンディション悪くなると、ダブルストック(両方のポールを同時に突く)でリカバリーしたり。

サンクラスト 5mm

とりあえず…滑りで困ることはほとんど無かった。

娘背負ってトレーニング

背負子に娘を入れて、「大事な荷物を背負って滑る」練習もした。

至仏山オヤマ沢田代近辺

そんな感じで一つ一つ積み上げて、谷川岳や至仏山にも入れるようになった。

調子に乗ってた頃(日付は間違いです)

そうやって、ボクはバックカントリーへの扉を無理やり押し開けた。

そんなボクに大きな転機が訪れた、会社をクビになったのだw。

ボクは仕事は仕事、遊びは遊びできっちり分けようと考えていた。でも、誠心誠意頑張っていた仕事をクビになって、気持ちを切り替えた。むしろ、思いっきり自分の好きなことをやれる仕事はないか?そんなふうに考えて探したら…そんな会社に入ることができたのだ。その後の数年間は、ボクの人生のハイライトだった。そこの話は本筋から外れるので省略。

長くなったので、話を整理する。

もし、BCスキー・スノーボードに憧れているならば、できる準備をするべきだ。「山力」とボクらは呼ぶけれど、「体力」「生活技術」「滑走技術」を磨くこと。そうすれば、BCやっている奴らの視界に入ってくる。

一緒にBC入ってみる?

そんなふうに誘ってもらうためには、準備をしておくこと。準備していれば、チャンスは来るかもしれないし、準備していなければ、声すらかからない。

繰り返しになるけど、ボクにとってBCはずっと憧れの対象だった。そして、BCへの扉を、同じようにこじ開けようとしている人を、ボクは応援したいと思っている。BCへの扉、開けたいと思うならば、祈りを込めて強く叩き、叩き続けていればいつかは開くとボクは信じている。

忘れるところだった。

BCはそれなりにお金がかかる趣味だし、家族の理解と応援も必要だ。だから、良き家庭人であり、強き職業人(クビになってもなんとかなるような)であることも、ぜひぜひお忘れ無く。

なんか説教くさくなっちゃったな、まぁいいか

おしまい

2025年4月29日火曜日

DAY40BC12ムジナ沢でシーズンラスト

一昨日ユーヤとムジナ沢に入ってえらい目にあったw サスガのユーヤも、100kmマラソン走った後でのBC連チャン二日目。それなりに消耗してるだろうと思ったボクがバカでした。むしろ普段よりペース早いw

そして今回も…ムジナ沢。

もともと、タカやんとモロちゃんとスケジュール合う日がこの日だけだった。そして、「せっかくだからムジナ滑りたいよね」って、行き先は決まってた。

前々回、BCの経験が浅い人ウェルカムの会でワル沢を滑った。その時ヨッちゃんに、聞いた。

楽しかったね!これでシーズンアウト? 
……来週のムジナ沢、私も一緒に滑ります!!

えっ?そーゆー形で参加表明?
人見知りキャラ設定はどこいった??
いいけどサ、オモロいしwwwwwww

ヨッちゃんはBC歴はそんなに長く無いし、兄弟舎的には新人さん。だけど、体力十分、某山岳団体所属、確実な滑走技術があるのでムジナ沢も無問題(注: 難易度の説明は末尾に)。

タカやん、トミー、モロちゃん、ヨッちゃん

タカやんからも相談があった。

某山岳団体で一緒だった奴が、BCやりたいらしいんです…
山力は?
冬山含めて登山や生活技術は問題ありません。体力あります。
スキーヤーで、滑りは中級ですが、だいたいどんなところでも滑れます。
タカやんと同じ団体だったんなら、そのあたりは大丈夫か…イイよ!

シールをまだ買ってないので、山靴アイゼンでハイクして、スキーブーツは背負うとのこと。そーゆー体力でなんとかする奴…キライじゃ無いw

準備準備ー

今日は薄曇り。写真的にはパッとしないけど、ハイクアップや滑走には曇りのほうがいい。

あそこまで登るぜ

新入舎員のトミー

今日もワル沢パイプで遊ぶ。
タカやんにリクエストしたら飛んでくれたw

ヒョイっとな

燧ヶ岳をバックにいつもの場所で。
トミー嬉しそう

いいペースで小至仏山トラバースに入る。

黙々と登るタカやん

いつものモロちゃん

足が攣ったトミー

この辺りからトミーの足取りがちょっと遅くなる、足が攣り始めているそうだ。

もしかしてと思ったら、ドリンクは真水だって。ミネラル(ナトリウム・マグネシウム)が不足すると攣りやすくなる。いつも常備している塩ジェルを渡して、ポカリスエットで飲んでもらったら落ち着いた。

傷口や目の異物を洗ったりするのに、真水は持っておいたほうがいい。ただ、飲料用はミネラル入ってるドリンクがいいよね。

山頂台地に到着

北風が吹いている日、至仏山のハイクはずっと風裏になるので割と暖かい。それが山頂台地に上がると吹きっ晒しになるので、一気に冷えてくる。トミーは何も言わなくてもさっとジャケット出して着た。ちゃんとした団体でトレーニングしてきた人は、こーゆーところがちゃんとしているので安心できるね。

山頂!

ムジナ沢へのドロップは雪が切れていた。ちょっと迂回して、大斜面に入る。

タカやん

ヨッちゃん

来る前はちょっとビビってたヨッちゃん、「実際に来てみたら大したことないじゃん」と言っていた ウソ

攻めるトミー

満開の笑顔

笑ってる

ハイパーテレマーカー

ニヤニヤが止まらない


これこれ、これがやりたかった!

いつもながら滑りはあっという間。尾瀬ヶ原に飛び出して、雪原を歩いて帰路へ。

集合〜

あっw

滑った斜面を後ろに歩く

クラック

ボードのお散歩
山の鼻では、小屋の売上に協力。

ボクらの前身は「雪山宴会部」。文字通り、雪山で雪洞掘って飲んで食う団体なんだけど、お酒の無理強いはしない。むしろ下戸とかお酒弱い人も多い。飲みたい人は無理なく楽しめばいいし、飲めない人はそれでいい。

乾杯!
のんびりとハイクバックして鳩待峠へ。

峠〜

途中、木の上に熊がいたりしたけど、大きなトラブルも無く…

もう捨てなさい…

戸倉に戻って、そば陣で遅いランチ。こちらは通し営業なんで助かるよ。

とんかつセット

そんな感じで、今シーズンのスノーボードは無事に終了。
今日は、ムジナ初めての4人が楽しそうでよかった。
そして、ヨッちゃんもトミーも本当に楽しそうで、見ているコッチの方が嬉しくなる。

トミーのSNSを後で覗いたら、「夢にまでみたバックカントリーに行けた」って書いてあるんだぜ。もう可愛いったらありゃしねぇよな。

自分が滑るのはもちろん楽しい。でもね、開拓したルートを案内したり、楽しそうな舎員の写真を撮ったり、そんなことのほうがもっと楽しいような気がしてきている。そんな気持ちにさせてくれる、舎員のみなさんに感謝。ありがとう

注: 至仏山東面の難易度
鳩待峠から至仏山に向かって、一番手前がオヤマ沢。その先順番に、ワル沢、カラ沢(グライドクラック・シュルンドあり)、夏道登山道、最後がムジナ沢。

滑走の難易度的には、カラ沢以外は大した違いは無い。雪が十分にあれば、ムジナ沢が一番シンプルで滑りやすい。トータルの難易度低いのはオヤマ沢かワル沢。鳩待峠までの登り返しが短いので、トラブル、体力不足、軽い怪我(捻挫や打撲、靴擦れなど)でも少し頑張れば帰れるのは大きい。