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2021年10月9日土曜日

Hike4 谷川岳馬蹄形縦走 One-Day (2/3)

馬蹄形縦走の2/3は、茂倉岳から清水峠まで。

この区間は、なだらかにアップダウンを繰り返す。標高1980mくらいの茂倉岳から、1600mまで高度を落とす。そして標高1700mの武能に登り返し、標高1500mを切る蓬峠に降りる。峠から標高1680mくらいの七つ小屋山を超えて、清水峠へ降りる。峠は最低鞍部に設けられることが多いのだけれど、ここの場合はちょっと違う。峠からから先もちょっとしたアップダウンがあって、最低標高は1400mを少し下回る。そこから1900mを越えるジャンクションピークに向けて、ひたすら登り返しとなる。

まぁ、ダラダラと書いてきたけれど、見晴らしのいい高原の中を、緩やかに登り降りしながら進むとイメージすればほぼ正解。茂倉岳から下降すると、すぐに特徴的な岩頭が見えてくる。この岩頭には立たずに進む。

岩頭の基部左側に巻道がある

岩頭をすぎると、目の前にドーンと武能岳が見える。武能岳の西面岩壁はなかなか立派で、どっしりとした風格がある。だが、茂倉岳まで来てこの景色を目にする人は少ない。谷川岳エリアの登山者は、天神尾根から本峰のピストンがほとんどだから。そして、立派な山容であっても、「見下ろす」というところが、あまりメジャーな存在にならない理由なのかなと思う。

ガーーーット降って武能への登り
武能岳の山頂稜線の向こう側に、ピョコンと頭を出した鋭鋒が大源太山。新潟側の平地から見上げると立派で、上越のマッターホルンと呼ばれている。

だが、この山も標高が低いが故に、ここからみるとそこまでの雄大さは感じないのだ。

武能への下りは、笹薮を刈り払って開かれている。笹の葉っぱや茎で足場が悪く、藪で足元が見えづらく、藪は朝露で濡れているため足元はぐっしょり濡れる。

武能に登り返して山頂稜線を進むと紅葉が残っていた。振り返ると、歩いてきた路が続いている。
ガスに隠れる一ノ倉と茂倉岳
武能から先を見下ろすと蓬峠ヒュッテが見える。肩の小屋が無人の避難小屋だった時には、このエリア唯一の営業小屋だった。

僕がこのエリアをよく訪れていた時は、ヒュッテは黄色に塗られていた。ある時は明るめのカナリアイエロー。ある時はオレンジに近い、濃いめの黄色。ノゾキあたりから蓬峠を見て、フワッとガスが切れると黄色いヒュッテが見える。ほっとするような、「あそこまで歩くのか」とウンザリするような、心持ちだったのを覚えている。
今のヒュッテは濃いグレーに塗られている
やがて登山道は斜度を減らし、笹原の中を縫ってヒュッテへと続く。僕はヒュッテに泊まったことはない。来る時はいつもテントだったのだ。最近は、あまり積極的にテント泊は受け入れていないと噂で聞いた。
ヒュッテの手前にテン場と池塘
確かにテント指定地は以前よりも狭くなっているような?というか、以前テン場だったところが池塘になっているように見えた。テン場が池塘になったのか?もともと池塘だったところをテン場にしていたのか?はわからない。
今回はただ通過するだけ
改装前には、こちら側に入り口と受付があった。狭い土間があり、そこを上がると板張りのスペースで、その奥にトイレ。板張りから左の扉を入ると宿泊スペース。両脇には上下2段の蚕棚。とはいえ、もう20年以上前のことだし、僕は板の間から覗いただけなので、定かではない。

雨水タンクとそこからの給水設備は充実していた。新しく設けられた入り口は給水タンクを左に回り込んだところ設けられている。その前のテーブルで、おじさん登山者がカップラーメンを食べていた。僕もおじさんだけど…
七つ小屋山への登り返し
早朝からひたすら登下降を繰り返ししていると、この辺りで感覚が麻痺し始めている。標高差100mくらいの登り返しなら、気がつくと終わっている。とはいえ、七つ小屋山の山頂で、清水峠が視界に入らず、もう一度登り返しがあるのを見ると…なんでこんな馬鹿なことやってるんだろうなとは思う。景色は綺麗だけどね。
紅葉した池塘の脇からもう一度登り返す
大源太山への分岐を後にして尾根道になり、北側を見ると大源太山の東面が見える。この山は新潟側の大源太キャニオンから、先ほどの分岐と蓬峠近くの分岐を使って周回するルートで登れる。
良い山なので一度はどうぞ
小さなピークを越えると、ようやく清水峠が見えて来る。手前の三角屋根はTEPCOの送電線等の管理小屋…だったかな?こちらは一般の人には関係のない施設。
清水峠にはかって国道が通っていた
そこのすぐ先には、JRの巡視小屋兼避難小屋がある。白崩避難小屋という名前で、小さいけれど頑丈で、中は上下2段の蚕棚になっていて見た目以上に広い。そして避難小屋としては珍しくトイレがあったような(記憶があやふやです)。

JRさんありがとう
この周辺にある避難小屋の成り立ちは、2つに分けられる。ひとつは、山で仕事をする人たちが万が一のために退避すべく建てられたもの。この白崩避難小屋や、白樺避難小屋などがそれにあたる。これらの小屋は、メンテナンスもきちんとされていて、ある程度の快適さも備えている。もう一つは、山岳遭難で亡くなられた方の遺族や関係者が、私費を投じて建てたもの。一ノ倉岳避難小屋や、笠ヶ岳避難小屋などがそれにあたる。これらは、命を守るための最低限の広さと設備しかない。風雪や雷雨を避けられて、ひと時の間難を避けられれば良いだけの空間。塗装や内装が痛み、補修もされずに朽ちていくことが多い。

このエリアが「群馬県境トレイル」として整備されたためか、登山ブームの盛り上がりのためかわからない。どの避難小屋も以前に比べて、よく整備されて快適度が上がっていたことは、歓迎すべき変化だと思う。

ただし、時期や天候によっては、避難小屋に泊まろうという登山者が集中する。僕もそれで一度痛い目にあったことがある。

避難小屋はあくまでも緊急時のためのもの、そんなふうにゆとりのある山行を楽しんでください。

どの口が言うのだ?というご意見は無用ですw

樹林帯に入り高度を稼いだのちに、森林限界に出る。目の前はジャンクションピーク…ではなくて、偽ピーク。あそこまで登って、さらに2段くらい登り上げる。

紅葉シーズンはまもなく終わる
つづく