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2023年10月20日金曜日

学生寮の話(フェニックス矢島・2/2)

3階の窓から飛び降りたのだ、無事である筈がない。

とにかく命だけは助かりますようように、その一心で階段を駆け下りた。

寮の正面入り口は夜間施錠されているので、裏側の窓から外に出て回り込む。

植え込みに、矢島さんが倒れて…いない…

いない?

植え込みが押しつぶされていた。
見上げると、へし折れた木の枝がぶら下がっている。そして、本人がいない。

矢島さんの同級生の先輩が、周囲の植え込みをかき分けながら何度も何度も叫ぶ。

矢島ーーー!
どこ行ったーーー!
大丈夫かーーー??

中庭を隔てて向かい合う南寮の窓がいくつかガラガラと開き、怒鳴る声が聞こえる。

やかましわ!!
もう夜ぅねんで、早よ寝い!!

先輩が、これこれこうで、と説明すると、

ホンマか?
早よ探して救急車呼びぃ…飲み過ぎやでホンマ…

と心配そうな声が返ってくる。

南寮は、僕ら北寮と血で血を洗う抗争を何度も起こしているのだが、基本的には気のいい奴らなのだ。

中庭だけでなく、グランドまで探したけれど、矢島さんはいない。
とりあえず落ち着こうと3階の部屋に戻った。

神隠しか?誘拐か?失踪か?
とりあえず救急呼んどいたほうがいいか? 
いや…でも…本人いないし?
それとも警察か?

誰かが心配そうに言う。

西寮で先々週…2回救急呼んでましたよね?
先週は本館前に…パトカー停まっとったなぁ、しかも2台も…
消防も警察も…あんまり呼ぶと…怒られますよね…

そーゆー問題じゃぁないだろう!!
警察に連絡する前に、一応、矢島さんの部屋を見てみようということになった。

上級生の部屋(机・ベッド・作り付け本棚・ロッカーがある)

矢島さんは…ベッドで寝ていた…スヤスヤと…寝息を立てて…
枕元には、ナンバースリーじゃないコンビニの袋に入ったビールがあった。

おい!矢島!大丈夫か?!

先輩は安堵のあまり半泣きで、矢島さんを揺すり起こす。
矢島さんはキョトンとした顔で起き、こう言った。

なんだよ、みんなひどいなぁ、せっかく買い出し行ったのに、帰ってきたら誰もいないんだもんな。

話をまとめるとこうなる。

矢島さん、自分の部屋(1階)で飲んでいると思い込む
3階から飛翔する
植え込みに着地する
サンダルがなぜか見当たらない、裸足で買い出しに行く
ナンバースリーが閉まっていた
遅くまでやっているちょっと遠いコンビニに行く、裸足で
帰ってきて自分の部屋(1階)に窓から入る、誰もいない
えぇぇ、せっかく買ってきたのに、お開きかよとスネる
ふて寝する ← イマココ

でまぁ、矢島さんの怪我は、ほっぺたと肘膝の擦り傷と、軽い突き指で済んだ。

それはそれでめでたいのだが…

3階の窓から飛び降りて(ほぼ)無傷で立ち上がる…ターミネーターかよ
全身の擦り傷から血を滲ませながら…ニコニコペタシ歩く。
木の枝や葉っぱまみれのTシャツでニコニコ歩く。 
機動隊員が日夜守る元総理の家の前を…ペタシニコニコ歩いて通り過ぎる
コンビニ袋をぶら下げて帰って来て…元総理の家の前を通って帰る

どう見ても不審者なのに、機動隊大丈夫か?

そんな矢島さんには、いつしか不死鳥(空を翔んでるし)の矢島、フェニックスの矢島という二つ名がつくようになった。

おしまい