寮では空き部屋が出ると、希望を取って抽選が行われる。2階と3階は人気があって、競争が激しい、そんな状況で、矢島さんは自ら望んでずっと1階に住んでいた。
俺は…別にこだわらないからいいや…
そうニコニコしながら言い、1階に住み続けていた。
そんなふうに、屈託がなかったし、相手によって態度を変えず、いつもニコニコしている矢島さんは人望があった。
今は3階建の北寮と中庭 |
*この投稿の写真2枚は最近撮影されたもので。僕がいた寮、現在は4階部分が取り壊されて、人は住んでいないということです
夏と冬を除いて、矢島さんの部屋には誰かしら来て酒を飲んでいた。
酒が切れかけると、矢島さんはおもむろに立ち上がって窓を開け、中庭に降りる。中庭は庭石やら植木やらが散在し、池もあり、虫も多い。筋金入りの1階住人、矢島さんは気にせずに中庭に出る。草むらに隠し置いた便所サンダルを、つま先でヒョイとつっかけて酒を買いに行くのだ。
矢島さんが1階を好んだ理由は、門限(一応あった)が過ぎても、窓から自由に出入りできるからなのだ。
中庭の池 |
寮の正門を出て右に30歩行くと、Number3(ナンバースリー)というコンビニがあった。24時間営業ではなかったが、セブンイレブンだって名前の由来どおり、朝7時から夜11時までの営業が中心だったし、そもそもコンビニ自体が少なかったのでみんな便利に使っていた。
矢島さんはビールとか、安いウイスキーを買って来てくれる。みんな口々にお礼を言い、一応お金を出そうとするのだが、矢島さんは受け取らない。
イイヨイイヨー
今日はイイヨー
「今日はいいよ」といいながら、いつも矢島さんと、他の先輩が酒代を払ってくれる。矢島さんのことを嫌いな人なんて、いるわけが無いのだ。
ある日の夜、矢島さんを交えて3階の部屋で飲み会が始まった。いつもいつも矢島さんの部屋だと申し訳ないから、そんな理由だった。
車座の真ん中にちゃぶ台があって、空きビンや空き缶がだいぶ増えてきたなぁ、そんなタイミングだった。
矢島さんは立ち上がると窓際に行き、ガラリと窓を開けて虚空へと飛び出した。
その場にいた面々は、一瞬何が起こったかわからず呆然とした。
シューーバキバキボキボスンッ!
何かが地面に叩きつけられた音を聞き、みんなは現実に戻った。
えっ?矢島?馬鹿やらろう!!何やってんだあいつ!矢島sなん、ここ自分のへやだと勘ちぎがいして!となかく!下だ、した、
あいつ、死ぬなよ!死ぬなよやじあぁま!
みんなは叫びながら、階段を転がり落ちるように走った。
矢島さんを失う恐怖で、一気に酔いは冷めていた。
背筋を冷たい汗が、スーーーっと降りていった。
つづく