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2021年3月17日水曜日

スノーボード が邪悪で異端だった時のこと

僕はスキースクールの詰所を出て、営業前パトロールに出るために、リフト乗り場に向かって歩いていた。リフト券売場から明るい声が聞こえてきた。

いやー良かった!ありがとうございま〜す!

そのお兄さんはリフト券売場で、係のお母さんにお辞儀をすると、スキップするような足取りで駐車場に向かって行った。????と一瞬思ったけど、仕事がある僕はそのままリフトに乗り、飛び出し防止ネットを直したり、リフト支柱のクッションパッドの固定を確認したり、ピステンが圧雪した時のアイスブロックをコースから取り除いたり、ルーティーンを済ませた。

リフト乗り場に戻り、チェック終了を索道に伝えて待機。全部チェック終わったので、スクールのミーティングまで滑ってていい、とのこと。ありがたくリフト乗り場に向かう。そこに、さっきのお兄さんがスノーボード を履いて立っていた。

僕の胸の名札とユニフォームを見て、イントラだと気がついたのだろう。お兄さんはニッコリ笑いながら会釈し、おはようございますと声をかけてきた。僕も挨拶を返して、近寄った。

スノーボード 、ですよね?初めて見ます。
ええ、あまりみかけないですよね。入れてもらえないところも多いし。
聞いたことあります…ここはいいんでしたっけ?って僕が聞くのも変ですよねw
ええ、ダメもとで来て聞いたら、いいよって言われたので嬉しくて! 
…えっ?ダメもとって、事前に聞かないであの坂を登ってきたんですか?

僕がイントラやってたスキー場は、かなりの坂道を登ったどん詰まりにあったのだ。その坂道が結構急で、凍結してたりするとたどり着けない車も多かった。

いやーー、電話して聞くと「ダメ!」って言われちゃうんで…来ちゃえば、気の毒にって許可してもらえそうな気がして。

チャレンジャーだなwww と、思ったけど、もちろん言わなかった。
なんか、いい人っぽい雰囲気も良かった。

いつもことだけど、朝イチに並ぶ人なんていないスキー場。一緒にリフトに乗っていろいろ話をした。「ウチはスキー場なんだよ、スキー場!!」とか、「そんなソリみたいなの、危なくてダメダメ」とか、「来るな!」と言われるとか。スキーのイントラに馬鹿にされるとか(僕が普通に話をしたのが嬉しかったと言ってくれた。ってかマジすか?w)。

で、道具の話になり、ブーツはカナダのソレルで、ボードはバートンがいいとか、道具はなんだかんだで二十万円はかるく超えるし、そもそも売ってるところが無いから大変だとか。ウェアはシルエットが特殊で、専用の奴は上下で十万くらいするとか。

で、正直僕はスノーボード には全然興味なかったので、降り場でそのまま別れて自分の練習をすませてセンターハウスに帰った。

所長が話しかけてくる。

さっきの兄ちゃんと一緒にリフト乗ったんかい?
スノーボード の人ですよね?朝イチ乗りました。見てたんですか?
見てたもなにも、他にお客いないし、あー、先生が一緒に乗ってるなーって。

そう、このスキー場はお客が少ないのだ。ボトムの標高が他のスキー場のトップくらい高い。だから強烈に寒いし、下界からここまで登る道路がテラテラに凍結してたりする。寒いのでいい雪が降るのだけど、軽すぎるので全部風で吹き飛ばされて、残るのは強烈なアイスバーンの人工雪斜面とか。だから、シーズンの最初とか最後とか、他のスキー場に雪がない時だけ…お客がいる。僕は所長と話を続ける。

スノーボード、 許可してくれてすごく喜んでましたよ。
あー、リフト券売場から聞かれたんだよ、「どうします?他のお客さん嫌がるかも?」って。でもさー、今日もお客いないじゃん。
確かにw
だからさ、一日券買って、安全に楽しく滑ってくれるんならいいよって。 

その日から、そのお兄さんを見かけるようになった。噂では下の町に引っ越してきたらしいとも。そこまでするか?!と思ったけど、半径100km以内でスノーボード受け入れてくれるスキー場で、ここが一番いいって言ってくれてるらしい。

ある日、校長と僕がリフトに乗っているときに、そのお兄さんが線下(注)を滑っていた。

…… 困りますね。
…… まぁ、他にお客いないしな。
…… リフト券買ってますしね。
…… 気持ちよさそうだしな。
…… うちのアイスバーンは、さすがに辛そうですしね。
…… いつも一人だよな、あのお兄さん
…… やっぱりちょっと変わってるんですかね?スノーボード やる人って。

で、校長は、正規イントラで、競技の世界では結構知られてる人だったのだけど、「ストックをターンのたびに付くのは無駄だからやりません」とか言っちゃう人で…変人ならではの親近感があったのかしらないけど、黙認され続けた。

で、支配人と所長と校長でコンセンサスをとったみたいで、「リフト券を買ってくれるなら、基本誰でもウェルカムで行こう!」みたいな。で、僕はリフトの上から、お兄さんが巻き上げるスプレーを見つめていた。

そもそも客いないし、このままだと潰れるかもしれないし。だったら受け入れた方が…って話になったみたい。

所長は「このお兄さんが仲間を連れてきてくれて、お客が増える!」ことを期待していたらしい。だが、その後5年くらいの間は、このお兄さんはいつも一人で来て、こっそり隠れて線下を滑っていた。でも、お客さんが少なすぎて、線下を滑っている跡は全部お兄さんが付けていることはバレバレだった。

こんなにスノーボードが普通になるとは思わなかった
Location: Madarao

これだけスノーボードが一般的になったのを見ると、あのスキー場の幹部三人は先見の明があったに違いない、そう思う。だがしかし、あのスキー場は今でもあまり栄えてはいない。だってさ、ハイシーズンは、真昼間で太陽がガン照りなのに気温マイナス18度とか普通なんだもん。

で、他のスキー場でもスノーボードの受け入れを初めて、あのお兄さんもどこかに引っ越したらしく、見かけることはなくなった。

注 リフト架線の下をこう呼ぶ。リフト支柱の土台が出っ張ってたり、段差があったり、そもそも整備してないんで、基本滑走禁止です…