*注3を追記しました*
その日、僕は枝折峠(シオリ峠)から越後駒を目指していた。ここは夜明けに奥只見湖で発生した霧が、風に乗って稜線を超えて滝のように落ちていく現象で知られている。
奥只見湖の向こうに登る朝日 |
枝折峠から、夜明け前に登り始めるとちょうどいいタイミングで日が登ってくる。そして奥只見湖から湧き出た霧が、湖の上を覆い尽くし、稜線を超え始める。
ふと気がつくと、周囲には三脚を立てた人がたくさん居て、シャッターを切る音があちらこちらでしていた。今日は当たり日だったようだ。
滝雲 |
滝雲が見られて、越後駒に来た甲斐があったなーと思いながら、僕は淡々と登山道を登っていく。枝折峠にも、登山道にも雪は無かったが、標高をあげるにつれて、周囲には残雪が少しずつ増えていく。
沢筋の雪が繋がっていれば、滑るのも楽しいだろうね |
そして、山の神様が現れた。
そこは、ザレた急斜面で、5〜15mくらいのスイッチバックを繰り返しながら高度を稼いでいく。
この時、ふと気がつくと15mくらい後ろを、彼が歩いていた。僕が歩いているここは、木立が無い崩壊地で、木立が切れてから15分は歩いている(標高差で言えば100m)。で、10分くらい前に振り向いた時には、樹林から抜けたところには、登山者は誰も居なかった。つまり、僕が15分かけて上がってきたところを、この人は5分で上がってきているということになる????トレランか???(注2)
スイッチバックでこの登山者を観察する。180cm を超えるくらいの長身で、チェックのシャツを着て地味な登山ズボンを履き、クラッシックな登山靴を履き、帽子を目深に被っていた。みなりはごく普通の登山者なのだが、その人は音を立てずにスーーーーッと登ってくる。
そこはザレた急斜面なので、僕も落石を起こさないように注意深く歩いていのだが、どうしたって足音はする。足を運ぶ時に、登山靴の下で浮石が動いたり、小石がバラけたりして、コツンとか、バラバラって、何かしら音がする。
だが、後続の登山者の足元からは、まったく音がしない。だから、彼が追いついてきていることに気がつかなかったのだ。
まったくペースが違うことがわかったので、ちょっと広くなっているところで僕は道を譲ることにした。
その人は、スーッと近づいてきて、ちょっと顔を上げて僕を見るとニッコリ笑った。汗もかかず、息も切らさず、「爽やか」という言葉がそのまま服を着たようなこの人は、「ありがとう」とだけ言ってそのまま僕の脇を通り過ぎていった。
彼の背中が見えて、そこに使い込んだ赤いバックパック(ザックと呼ぶのがぴったりの、ウェストベルトのないクラッシックなやつ)が乗っているのを見た。多分40Lくらいあるはずなんだけど、長身の彼の背中では妙に小さいナップザックのように見えた。
で、僕はこの人に付いていこうとした。なんでこんなに速く登れるのだろう、と思って、せめて足運びだけでも学びたいと思ったのだ。ところが、スイッチバックを3回くらい過ぎたところで、彼の足元を見るどころか、彼の姿は小さくなっていた。
肩の小屋 |
彼に追い抜かれてから、20分くらいで肩の小屋に着いた。雪解け水がジャバジャバ出ている水場で顔を洗い、ハイドレーションに給水していると、さっきの彼が山頂から下山して来ているのが見えた。上の写真で言えば、左側の尾根伝いにある登山道、このガスの中からチェックの山シャツを着た彼が現れ、あれよあれよという間に小屋まで来て、そのままのペースで下山していった。
僕はもうあっけにとられるしかなかった。僕を追い抜いたあのポイントから、たったこれだけの時間で山頂まで往復して来たって?
山頂ってガスで見えないけれどすぐそこなのだろうか?
一休みした後、僕は山頂に向かった。
越後駒ヶ岳山頂 |
ようやくガスが抜けてくる |
山頂まで、近いわけでも簡単なわけでも無かった。尾根の登山道を詰めるとそこは雪渓になっている。で、そこからクライマーズライトにトラバースしていくと、最後の最後が結構急な雪壁になっている。クランポンを出すほどではないけれど、手元にはアックスが欲しいくらいの斜度。そこを、慎重にキックステップを決めて突破し、稜線を詰めてようやく山頂に着く。
ガスが晴れた肩の小屋、右のピークのさらに奥が山頂 |
山頂で写真を撮って、肩の小屋まで降りて来てリストウォッチで経過時間を見る。。。
さっきの彼は、どうやら現代風の装いをされた天狗様だったに違いない(注3)。
僕のCASIOプロトレックは、そう言っていた。
注1 ちなみに、下山の時には、100m の標高差は10分で下る。つまり、標高差600m ならば、1時間で下り切るということ。
注2 「トレラン」という言葉が、やっと一般に知られるようになったくらいの時代感。
注3 テレマーカーのJSさんから次のように教えていただきました。ありがとうございました。
「越後駒だったらその人は天狗ではありません、豊雲野神です。山頂の写真に写ってます」