ローラ(仮名)は、イラっとした感じで言った。
それで…あなた(注1)のキャリアプランは結局なに?
で僕は、今日だけで3回目くらいの説明を始めた。
年収とか地位とかにはあんまりこだわりがないですね。あえて言えば、将来自分の娘が「パパはどうやって私を育てたの?」って聞いた時、恥ずかしくないようにしたい。いい仕事、感謝される仕事をしたい、それだけです。
ローラはスターフォンの(注2)向こうで、ちょっと意地悪い雰囲気で言った。
僕は余計な一言を付け加えた。あなたが昇進しなかったら、新しい上司が入ってくるわよ。その上司とウマが合わなかったらどうするの?私と違って、あなたのことを、今ほど評価しないかもしれない。
そうですね…僕の上司のインタビューに、僕は関われません。自分でコントロールできないことを心配するより、自分ができることをちゃんとやろうと思っています。
ローラ、僕はあなたの人を見る目を信用しています。もし僕の上司を採用するときには、いい人を選んでください。僕の上司があなたでも、新しい人でも、僕が必要とされていればいいのかなって思います。
僕は外資系でそれなりのキャリアを築いていた。だけど、根本的な勘違いをいくつかしていたのだ。僕は上司のローラと年に1度の評価面談をしていた。僕はこう思っていた。
良い仕事をしていれば報われる良い仕事とは、胸をはって誇れるか、引け目に感じることのない仕事上司は、有能で謙虚な部下を大切にする
僕は、それが「僕が正しいと信じている」価値観で「日本人としての美意識にバイアスがかかった」ものであることに気づいてなかった。
外資系はオープンで、カジュアルって言われる。上司は偉そうにしないし、権威を振りかざすこともしない。でも、それは上司があなたの生殺与奪の権利を持っているから。
あなたが上司に歯向かったとする。日本企業なら、上司は叱るか、懇々と説得するなりするだろう。もしかしたら、一杯飲みに行くかもしれない。
外資系(注3)なら、上司は苦笑いしながら「OK, understood!」とかなんとか言ってその場はそのまま過ぎるかも。しかし…反動は来る。
外資マネジメントのKPIは業績が最も重要で、達成するためのリソース管理はマネジメントに任せられている。リソースには当然、人事関係も含まれる。採用・評価・解雇も含めてのことだけどね。
「リソースマネジメントはすべて任せる、しかし、KPIは必ず達成しろ」これが大原則。
「人事関係のリソースは制限する」となれば、「すべてを任せているわけではないから、KPIをすべて達成しなくても問題ない」ことになり、KPIそのものが崩壊しちゃう。
現場の話になると、上司が「あいつは要らない」って、話を通せばその人はいなくなる。それを繰り返して行くと、上司に逆らう人はいなくなる。そうなると、上司は部下を権威で縛る必要もなくなる。つまり、偉そうな雰囲気で縛る必要もなくなる。
時々言われることだけど、
「本当に怖いヤ◯ザの親分さんは、見かけは紳士で、優しそうで、腰が低い」「チン◯ラは横柄で、見るからにアレな風貌で、高飛車だ」
理由はわかりますよねw
今だからわかる。ローラが求めていたのは、有能で謙虚な部下なんかじゃなかった。外資系で、自分の評価が数字できっちり詰められている環境の中では、上司だっていつクビになるかわからないんだ。そんな環境で、上司が求めているのは、「そこそこ仕事ができて、絶対に自分に歯向かってこない」部下だってこと。
「私の言う通りにすれば、昇進するし昇給するよ!」って言って、「ついていきます!」ってのが一番わかりやすく、コントロールしやすい。
それなのに、僕はローラにこんなことを言っていたのだ。
僕は自分に恥じる仕事はしないから、あなたの命令でも歯向かうかもしれません。
昇進や昇給は、僕を操る餌にはなりません。
上司は誰であってもいいです、あなたでなくてもかまいません。
そりゃーローラだったらクビにするよねwww (注4)
で、この投稿で、僕が言いたいことは何か。
外資だろうが、内資だろうが関係ない。正しいと思うこと、誇るべき仕事を一所懸命にやればいい。時々は報われない時があるかもしれないけど、世の中って割と良くできている。
クビになった経験が豊富なお前が言うなって?
でもね、やっぱり、ちゃんとやっていれば見ていてくれる人は必ずいるってこと。実際、僕はなんどかクビになって、転職の面接を受けた。採用されなかったことはもちろん多いんだけど、でも、なんだかんだで、次の仕事は見つけられた。
日本で仕事を探す限りにおいて、日本人の美意識ってやっぱり評価されるから。
それとね、上司に歯向かわないように過剰適応している人は、どこかでキャリアが頭打ちになる。自分が過剰適応している(自分の本意でないことを無理している)人は、それを認めたくない。だから、社風とか、社是とか、会社の方針とかをことさらに重要視して、それを軸にして自分は正しいと言いたがる。そんな人がいざ仕事を失うと、次が無くなる。
たとえここを辞めたとしても、すぐに次が見つかるぜ。そんな風に仕事をしていくことが、すごく遠回りなように見えても、実は一番確実なんじゃないかなって思う。
ローラが上司だった会社を辞めて、後悔してるかって?
そんな訳ないじゃん。あのまま居たら、多分俺壊れてたよw
なんだかんだで四苦八苦しながら学んだことが、今活きていることも事実。そして、ローラが僕に教えてくれたこともたくさんある。逆に、今の僕が改めてローラの部下になったら、いい関係を築けるのかもしれない。
もっといいのは、僕がローラの上司になることかな。だって、僕はクビになることは怖くないし、部下が良い仕事を追求して行くのを見るのが楽しいから。そんな風に思えるのは、結局は良い仕事にこだわったから。すなわち、「胸をはって誇れるか、引け目に感じることのない仕事」をやってきたから、なんだと思う。
「人生至る所に青山あり」そんな風に僕は思います。
*写真と本文は関係ありません*
厳冬期の蔵王で、凍てついた鳥居にエールを切る僕
(注1)ファーストネームで呼ぶのをやめて、「あなた」って言い始めたら、相手はイラついているサインですから要注意ね。
(注2)いまではWeb会議が当たり前だけれど、2005年くらいは、リモートのミーティングといえば電話会議が当たり前。こちら側もあちら側も、会議室のデスクの真ん中に、マイクとスピーカーが一体化された装置がある。で、四方に座っている出席者の声を拾いやすいように、その装置はヒトデ(Star Fish)のような形をしている。ほんで、そのヒトデの腕の先っぽにあたるところに、マイクが仕込んである。これをみんな「スターフォン」と呼んでいた。
(注3)外資って一括りにするのは良くないかも…そういう傾向があるってことで。面白いのは、自分が一生に渡って師と仰ぐべき上司も、外資にいるんですよね。
(注4)ローラの時にクビになったかは別にして、何度か僕は上司に歯向かって仕事を失っています。ただ、同じ数だけ、救ってくれる人がいたのも事実。