「ネジとかボルトは、直径と素材によって締め付けトルクが設定されている」。トルク管理(その1)で、そう書いた。
と言うことは、(限られた素材が使われているスポーツサイクルなら)ボルトの直径が分かれば、設定されているトルクはわかるはずだ。
例えば、ツーリング中にボルトが緩んだとする。マニュアルがないので、適正トルクがわからないし、トルクレンチも無い。でも、ボルトのサイズが分かれば、大体の最大トルクはわかる。
前に紹介したメンテナンスマニュアル appendix のトルク管理では、M5の最大トルクは 7Nmと書いてある。
M(x) bolt は、直径(x)mmのボルトと言う意味 |
スポーツバイクに使われているボルトはほとんどがM6以下で、大部分はM5かM4だ。つまり、Max 5Nm でトルク管理すれば、「ほぼ」なんとかなる。
一般的なサイクリストにとっては、「この締め方ならば、ほぼ間違いなく5Nm 未満」というやり方を把握しておけば、トルクレンチが無くても応急的な処置はできるということだ。
さて、前回紹介したTOPEAKのトルクレンチだけれど、これは、レンチの軸の「歪み具合」を可視化することで、掛けているトルクを測れるようになっている。これの応用を使うと、トルクレンチがなくても大体のトルクを知ることができる。
TOPEAK トピークのトルクレンチ |
下の銀色の6角棒レンチ(アーレンキーとも呼ぶ)セットは「エイト社(EIGHT)」製(注1)。セットの一番上はM6 で、順番に、M5、M4、M3、M2と径が細くなっていく。径が細くなっていくということは、「少しの力でも撓みやすくなる」ということ。
ボルトを本締めするときは、短いほうの軸をボルトの穴に差し込む。そして、軸の真ん中あたりを持って締めて、ほんの少し軸がしなった時というのが、ほぼ最大トルクになるはずだ。間違っても、軸が曲がるんじゃないかみたいな力で締めてはいけない。
ボルトの穴径によって軸の太さが違う。で、このエイトのレンチみたいに、高品質・高精度のレンチは、ボルトに適切なトルクがかかった時、ボルトサイズに関わらず、同じような感覚のフィードバックを指先に与えてくれる。
弾みをつけずに、体重をかけたりせず、大きくて強い筋肉(背筋とかね)を使わず、手首から先だけでゆっくりと締めていく。そして、指先にわずかなシナリを感じた時、そこが適正トルクになっている筈だ。
指先と会話できる良品 |
もう一つ知っておくべきことは、レンチの軸の長さが順番に短くなっているということ。M3とかM2のボルトは、耐えられるトルクが低い。そんなボルトの場合、レンチの軸が長すぎると簡単にオーバートルクになってしまうので、「あえて短く」作ってあるのだ。先端の太さによって、軸の長さが違うことがわかるだろう。
これを応用すると、ハンドツールの持ち方によってトルクを管理できる。まず、下の持ち方だけれど、これはレンチの軸とハンドルを垂直に開いている。この持ち方だと力が入れやすいので、軽く回すだけで5Nmくらいには達してしまう。
軽く持って5Nm、しっかり持つと10Nm |
ドライバーのように、軸とハンドルを真っ直ぐにしてみよう。この持ち方で、しかも指先でハンドルをつまむようにして回すと、大体3Nm前後になる(注2)。
オーバートルク厳禁なところはこうやって持つ |
こうやると、締め付ける力は短い軸を「つまんで」回すようになるので、そもそもトルクがかけられない。この締め方なら、せいぜい1~2Nm くらいのトルクになるはずだ。
トルク一覧表でみると、ここの指定トルクはこんな感じだ。
長軸の先はボールポイント、仮締め用 |
他に要注意なポイントは、ボトルケージをフレームに固定するボルト。肉厚の薄いスポーツバイクのフレームに、直接(注3)ねじ止めするこのポイントは、緩まない限りそっと締める。
優しく締めて、時々固定具合をチェックする |
ボトルケージは 2-3Nm |
スポーツサイクルのメンテナンスをしていると、時として特殊工具が必要なポイントが現れる。例えば、シマノの2ピース型クランクセットのキャップを締めるには専用工具が必要だ。
キャップの星形の穴にはめて回す |
プラスチックの薄い円盤 |
で、左右のクランクは、ここのキャップの締め付け具合で位置決めをしているのだ。つまり、ゆるいとガタが出てくるけど、締めすぎると回転がゴリゴリしたり、ベアリングが傷んだりする。
ここの指定トルクも、役割が同じようなステムキャップとおんなじで 1~3Nm
「位置決め、ガタ取り」そんな場所の指定トルクは低く設定されている。
では、下の、多くの爪が切られている特殊工具はどう考えたらいいだろうか?
なぜ、爪が多いかというと、パーツと工具が噛み合う、爪や溝や平面、1箇所あたりにかけられるトルクには限界があるからだ。マイナスドライバーとネジなら、トルクは2箇所にかかる。プラスドライバーなら4箇所。6角穴付きボルトなら6箇所。接触点が多ければ、それだけトルクを掛けられる。
スチール製の爪で確実に締め付ける |
ハイトルクが必要とされるところに、通常の6角とかでは耐えられない。角が舐める、爪が歪む、工具がカムアウトして外れるなど、危険が生じてしまう。これらの工具は、ボトムブラケットパーツをねじ込んだり、スプロケットや、ディスクブレーキローターの締め付けリングを締め付け、緩めるための工具だ。これらのパーツの指定トルクは、40Nm程度。メーカーなどによって違いはあるものの、自転車のパーツとしては例外的に高いトルクが求められるところに使われる。もちろん、工具の素材は強度と剛性に優れた炭素鋼(スチール)が使われている。
メンテナンスの場数を踏んでいるうちに、特殊な工具やパーツを見た時、「これはなんでこうなっているんだろう?」と思うようになる。
ボトルケージのボルトで、ヘッドが薄いものがある。アルミとかプラスチックのボルトがあったりする。2mmとかの細い6角ボルトが使われていたりする。これらは、「ガッチガチに締めないでね!」と、ボルトが叫んでいるのだ。
手に持って、なんか普通と違うな?と思ったら、マニュアルを参照してみる。なぜそうなっているのか、理由を調べてみる。そして合点がいった時、それらを設計したエンジニアの人と、なんとなく通じ合えたような気がする。
そんなことが、僕がバイクメンテナンスを楽しむようになったきっかけの一つでもある。
おしまい
注1 エイトは日本製。日本には、世界に誇る棒鋼材の生産拠点がある。そのため、実は、日本の6角棒レンチの品質は世界でもトップクラス。エイトのは特におすすめです。先端が摩耗したり舐めたりするおそれはまったくないくらいに固く、軸は粘りがあって、トルクのかかり具合を掴みやすい。
注2 あくまでも、僕の場合は、ということです。試しにこのやり方で締めてみて、その後にTOPEAKのトルクレンチなどで締めてみる。そして、ネジがドライブし始める直前が、手で締めた時のトルクということになる。例えば、手で3Nm狙って締めて、トルクレンチでしめて3NMに達した時に「クッ」と動けば正解。動かなければ、締めすぎている。こうした感覚は回数をこなしているうちにわかってくる。
注3 金属フレームの場合と、カーボンやアルミの場合で、ネジが直接フレームに切ってあるか、そこに打ち込んだリベットに切ってあるかは違う。ただ、いずれにしてもネジ山はせいぜい3~5くらいしか無いはず。