*写真と本文は関係ありません*
少し上の斜面で転んだカメちゃんが、クラスト斜面を横滑りしながら僕の脇まで降りて来てこう言った。
部長、足やっちゃったかも…
え?マジ?はい…折れた、と、思います、すみません。
足のどこだ?どんな感じで折れた?
足首のちょっと上です。転んだら、スキー取られて…
ブーツの中で「バシッ」って音がしました。
僕らは草津芳ヶ平でBC合宿をして、下山を始めたところだった。最終日もハイクアップして滑ろうと思っていたのだけれど、あいにくこのシーズンは暖冬で小雪。しかも数日かけて緩んだ雪面がこの日は寒気が入って、2cmくらいのブレーカブルクラストになっていた。
で、こんな状態では滑ってもつまらないだろうということで、とっとと下山して温泉でも行こうかということになった。
|
富士宮口五号目でハイクの準備 |
ヒュッテのご夫婦や犬たちに見送られて、夏道を降り始めた。そして5分ほど降ってトラバースを過ぎ、傾斜が増してちょっと広くなった斜面の途中でカメちゃんが転んだ。
|
至仏山に向かう |
ここは、ここ数日の間に下山した人たちのシュプールが、そのままの形で凍りついていた。表面はガリンガリンのボコンボコンで、板をズラすことが難しい。で、仕方なしにプルークで減速するのだけれども、テールでクラストを踏み抜くと板がロックされて、前に発射されてもんどり打って転ぶという、地獄のような悪雪だった。
|
カメちゃんアオちゃん |
カメちゃんの顔は心なしか青白い。部員がみんな周囲に集まる。
ブーツ外して圧迫固定するか?
交代で背負ってヒュッテまで戻るか?(注1)
いや、ブーツ外したら2度と履けないと思います、降ります。
とりあえず荷物降ろそうか、降るにしても戻るにしても、空身でなければ無理だろう。
ありがとうございます、お願いします。
僕らはカメちゃんの荷物をそれぞれに振り分けた。合宿の最終日だったので、バックパックには多少の余裕ができていたのが不幸中の幸いだった。そして、空になったカメちゃんのバックパックは、僕が体の前に横向きにして抱えた(注2)。
|
Blackdiamond Megamid を張る |
カメちゃんは僕らの心配そうな視線に気がついた。
解った、じゃぁ、他のメンバーでデラ(注3)かけて、整地しながら降る。その後をついて来てくれ。
で、僕が先頭になって、プルークからデラパージュ、プルークで向きを変えてデラパージュと、整地を試みながら降る。表面の凸凹はほとんど削れないのだけれど、一人、二人、三人と同じようにデラがけしながら進むと多少は滑りやすい雪面が後に残る。
骨折したほうの足首に力を入れられないカメちゃんは、ずっと同じ方向を向いたままの横滑り下山になる。疲れて息が上がると少し休み、夏道が平坦になったり少し上り坂になると、他の部員がすっと近づいて歩行を助ける。
下山路を半分くらい降ったところで、ようやくブレーカブルクラストも緩んで、そこからは重いけれども、デラが良くかかるザラメ斜面になっていた。
|
湯河原幕岩でアナザガールを登るカメちゃん |
その先記憶がちょっと飛んでいて、次に覚えているのは医務室からケンケンしながら出てくるカメちゃんの姿。ゲレンデボトムにパトロール小屋があり、その隣に医務室があった。そこで応急処置をしてもらって、カメちゃんは足首をシーネ固定してもらった。
みんなは車に戻って、すぐに最寄りの病院に行けるように撤収準備をしている。で、医務室の外には、僕ともう一人の部員がカメちゃんに肩を貸せるように待っていた。
なんだって?
多分、いや、ほぼ間違いなく折れてるそうです。
ブーツの中だったからまだ良かったけど、1箇所か2箇所か折れてるみたいです。
そうか…良く頑張ったね。
次にこんなことになったら、自力下山せずに助けを呼ぶようにと言われました。
次回は…無いようにしたいね
ですねw
カメちゃんの口から、クスッと笑い声が出て、僕らは下山できたことに感謝した。
僕は思う、やっぱりあの時、僕はリーダーとして、自力下山を止めるべきだったんだろう。
ただ、「山力」とは、そもそもなんだろうか?とも考える。
カメちゃんは自分の怪我の状態と、天候や雪の状態を冷静に判断して、自力下山を選択した。そして、部員のサポートを得ながらそれを成し遂げたし、部員のみんなは何も言われなくても、カメちゃんの下山をサポートした。
山力とは結局のところ、自力で登山を完結できる力なんじゃないかな。そう考えると、カメちゃんの山力ってスゲーなと思う。
あれから15年と少し経ったけど、カメちゃんは相変わらずBCテレマークを続けている。東北の山で、楽しそうに登って滑っている姿をSNSで見る。
で、そんな投稿見ると、カメちゃんが「降ります」と言った横顔を思い出す。引き締まって、血の気の引いた唇と、青白い頬を思い出して、つい口に出すのだ。
やっぱスゲーよ、カメちゃん…
つづく
注1 本来なら、ヒュッテに戻って荷運び用のモービルかヘリを頼むのがベストだったと思う。この時は降り切ることができたけれど、僕の判断は間違えていたと今でも思う。
注2 怪我人がもう一人出たら、自力下山がさらに困難になっただろう。不要不急の荷物はマーキングしてデポし、全員が最低限の負荷で降るべきだったか?と思う。
注3 デラパージュ(横滑り)は、斜面に対して横向きになり、板を横に滑らせていく技術。板のエッジが雪面を均しながら進むことができる。